March 19, 2011

* 私たちは66年前の出来事から何か学んだのか

東京電力の福島第一原子力発電所のニュースを見ていて、こういう思わざるをえません。

今日のエントリーは、この数日Twitterで書いていたことと重複するところがあります。そして、昨日と同様感情的にまとまりなく書いているところがあると思いますが、ご了承ください。

報道が進むにつれ、私はまず、自分の無知と無関心が嫌になりました。東京電力や原子力保安院の「お偉いさん」たちの要領を得ない話を聞いて、「こんな人がトップにいる(立てる)組織に、危険の大きい原子力発電を任せていたのか」と思ったのです。

そして、東京電力の関連会社の社員や他の電力会社からの協力者・自衛隊・警察・消防の人々が、健康やもしかしたら生命を危険にさらしてまでの作業をしているという報道に、「ああ、また私たちは同じことをしているんだ」と感じました。

すべては仮定でしかありませんが、私たち国民がもっと原子力発電について深く考え、政治についても関心を持っていれば、もっと違う形になっていたのではないかと思うのです。分かりやすく言えば、彼らが危険な作業をする必要などなかったかもしれない、と感じます。

優秀で勇敢な彼らは、どうしようもなく無能な人々(これは、東京電力や政府だけでなく、私たち自身のことでもあります)が何もしてこなかったために、自らを危険にさらしているのです。彼らにあの場所へ行けと言っているのは、総理大臣ではなく私たちなのです。

日本は第二次世界大戦(太平洋戦争)で多くの犠牲を払い、復興を遂げてきたはずですが、根本は変わっていなかったようです。やっぱり同じように、優秀で勇敢な人々を、自分たちが何もしてこなかった結果、危険な場所に送り込んでいます。

そして、電気も水と同様無尽蔵にあると感じるような生活を送っていましたが、それは今から思えば危うい砂上の楼閣でした。今回のことで、電気を使い放題の生活は、「金ならあるから借りてくれ」というバブル期の銀行と同じだったのだ、と気づきました。

これもTwitterで書きましたが、私自身は、語るだけの知識がないので原子力発電の是非は云々しません。ただ、今回の対応を見ている限り、今の東京電力や政府に安心して任せることはできない、と思います。

だからこそ、私たちは今度こそ変わらなければならない、と強く感じています。もう、優秀で勇敢な人々に、無知と無関心の尻拭いをさせるようなことがあってはならないのです。

uriel_archangel at 23:55 | 日々の記録 
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