July 19, 2011

* 陳腐な表現ですが「英語で世界は広がります」

最近しょっちゅう書いていますが、翻訳の仕事に関して、これまで情報収集を怠っていたことを反省し、一気にアンテナを広げました。

確かに、翻訳の仕事は少なくなっているなあ、というのを感じます。今に始まったことではありませんが、在宅での翻訳の仕事は少なく、オンサイトでの仕事の募集が多いです。

――そんな状態ですが、視野を広げてみると、チャンスはまだまだあるなあ、と実感できました。その一例が、ProZ.comです。為替の変動による報酬額(円)の変動など、確かにリスクはあります。でも、じっとしているよりは、試みに動いてみるほうがずっといいと思います。

こうやって動いた結果、新たな仕事や取引先が増えました。ここでまた、「これで安泰」と思ってしまうと元の木阿弥なので、気を引き締めてアンテナは伸ばしていくつもりです。

行動してみて実感したのは「やっぱり英語ができるほうが便利だわ」でした。当然ですが、日本語しかできないのに比べたら、手に入れられる情報の量が違います。まあ、英語の翻訳をしているのだから、英語はできて当然ではあります。

もしもここで、ドイツ語しかできないとなると、ProZ.comを見ても、手に入れられる情報が限られてしまいます。当然ながら、独日だけとなると、そもそも仕事もそんなに多くはありません。

恐らく、専門性を極めて、ドイツ語だけで十分依頼があるという人もいらっしゃるかと思います。私の場合は、いろいろなものを翻訳し(何でも、というわけではありませんが)、ドイツ語だけでなく英語も手がけて……ということで(もともと英語が得意ということもありますが)、可能性を広げてきました。

なので、日本語で翻訳の仕事の情報が手に入るサイトだけを情報源とするのではなく、ProZ.comのようなサイトを使うことは、私にとっては自然な流れのようです。

他の仕事でも、こうやって、全世界での求人情報をチェックするような世の中になるのかなあ、と思います。日本国内の市場規模には限界があるので、世界に目を向けたほうが可能性が広がりますから。そういうときに英語や中国語ができないと、かなり選択肢が限られてしまうと思います。

英語や中国語ができなくても生き残るためには、「この人の代わりになる人は誰もいない。語学ができないのが問題だったら、通訳を付けてもいい」と思えるくらいの専門知識を持った人間になることが重要ではないかと思います。

「外国語ができる」というのは、fluency(流暢さ)だけで判断されるものではありません。流暢でなくても構わないので、「相手に伝えよう」という意志が何より重要です。きれいな発音でなくても、言葉に中身があれば、相手は耳を傾けてくれます。だから、「外国語ができる」というのは、最終的には「伝えたい内容」と「伝えようという意志」と言えるのではないかと思います。

なんだか、タイトルと内容がズレている感じがしますが(汗)、こんなふうに思っています。

uriel_archangel at 22:21 | 仕事 | 学び
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