August 10, 2012

* 当たり前のものが当たり前でなくなるとき

最近の父は、「何年か後」の話になると、自分がその場にいるのだろうか……と考えることがあるようです。やはり人生の折り返し地点を過ぎた人間にとっては、例えば「4年後のオリンピックのときに、果たして自分は生きているだろうか」というのは気になることなのだろうな、と思いました。

まだ中学生の息子はもちろん、4年後のリオデジャネイロでのオリンピックを観戦できること(現地に行くという意味ではなく、テレビ観戦という意味です。別に現地に行ってもいいのですが)になんの疑いもありません。

私も自分が平均寿命の折り返し地点に近づいているのではないかと思うこともなく、4年後のことは「当然のもの」として受け止めています。

私と息子は、息子が大学生になった時に、父が今までと変わらず元気でいると考えています。でも父にしてみると、「そのときに自分が生きている」とは断言できないようです。

いつか私自身もそうやって、「何年か後に自分がその場にいるかどうか自信がない」と感じる日が来るのかなあ、と思いました。

子供や孫からしてみると、父には、そういうことを気にせずに、元気に過ごしてほしいのですけれどね。

uriel_archangel at 22:56 | 日々の記録 
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