July 28, 2013

* 「答えは自分の中にある」

――と、最近考えています。「最近」というのは、以前はそういうふうに考えられなかったからです。「相手が答えを出してくれることを期待する態度」というのが自分にありました。

でも、どういう経緯でこの結論に至ったかが記憶にないのですが、

「事情も知らない赤の他人が、『正しい答え』をパッと出してくれるなんてことが、あるわけがない」

と気付きました。

自分がどう行動するべきか、最終的に決めるのは自分です。それなのになぜ、自分のことや、自分の状況をまったく知らない人が言うアドバイスを、無条件に全面的に信頼して、選択できるでしょうか。確かに、「自分がまったく思いもよらない視点」からの意見は参考になります。でも、「○○さんが言ったから」というだけの理由で、その意見を採用していいのでしょうか。

最終的に自分がどうしたいかというのは、自分の考えをもとに決めるべきです。そのためには、いろいろな可能性を挙げ、自分が本当にどうしたいのかも考えて……という作業が必要です。面倒だし、直面したくないことにも目を向けなければなりません。でも、そういう過程を省いて結論だけ欲しいというのは、都合がよすぎるというものです。

そんなわけで、タイトルのとおり、「自分の中にある答え」を上手に出せるかどうかが重要だと思います。この答えというのが、実はいろいろ余分なもの(自分の夢や周囲への勝手な気遣いなど)がくっついてしまって、違った姿に見えることがあります。

そこで、そういう余分なものを徹底的にそぎ落として、最も簡素な姿にする必要があります。つまりはシンプルな「本質」です。「ああ、自分はこういうふうにしたいんだ」と気付けば、それに向けてどう行動すればいいかは分かります。

そうやって考えていくと、こういう「自分はどうすればいいのか」ということだけでなく、政治のことでも、「落下傘的に現れた誰かが、劇的な解決策を示してくれる」ことを期待しがちだなあ、と思います。やはり、自分で考えていなければ、誰かが示す解決策が本当にいいものかどうかは分かりません。

「自分はどういう社会に生きたいか」「次の世代にどういう社会を残したいか」は、どこかの誰かの持ってきた案に飛びつくのではなく、まず自分で考えてから、他の人の意見を見聞きして、よりよい形を目指すべきなのでしょう。

こういう「面倒だけれど大切なこと」は、省いてはいけないのだなあ、と思います。

uriel_archangel at 16:19 | 日々の記録 
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