August 17, 2013

* 硬貨を眺めて時間の経過を感じる

小さいとき、祖母や母がお菓子の空き缶などに貯めていた硬貨を、ときどきざっとあけて、数えるというか遊んでいたのを覚えています。何をするかというと、兄や弟と、発行年別に分類したり、金額を数えるというより枚数を数えたりしていたのではないかと思います。ここらへんは記憶があいまいです。

こういう遊びをしていると、当然ながら「これはぼくが生まれた年だ」「これは私が生まれた年だ」「これはお父さんとお母さんが結婚した年だ」という話になります。当然というかなんというか、父や母の生まれた年の硬貨というのは出てきません。分かりやすいのはギザ銭(10円玉)だったので、「これは古い」と別格扱いでした。

10円玉ほど分かりやすいものではないですが、5円玉にも、ときどき古いもの(昭和20年代?)があったように思います。書体がちょっと違うのですよね。

そうやって見ていると、当然ながら私たちが生まれた年の硬貨はぴかぴかで、ギザ銭などの古い硬貨はベテランという風情でした。こんな遊びをする余裕があるのは子供だけなので、いちいち発行年をチェックするということはしなくなって、だいぶ経ちました。

最近になって、ふと気が向いて、手元にある硬貨の発行年を眺めてみました。私が生まれた年に発行された10円玉があったのですが、非常に「ベテラン感」がありました。

クレジットカードやプリペイドカードを使う機会が増えて、私が子供の時とは硬貨の使われる頻度は違うと思います。でも、今の私は、子供だった私たちが硬貨を並べて遊んでいた当時の母より年上なので、硬貨がベテランのオーラを発していてもおかしくないのですよね。

同い年の10円玉を眺めながら、「私もこれくらい生きてきたということなのよね」としみじみ感じました、というお話です。

uriel_archangel at 15:39 | 日々の記録 
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