September 26, 2014

* 宗像大社国宝展 ―神の島・沖ノ島と大社の神宝

気になる展覧会の中でも会期終了が近いものに、平日の休みを利用して行きました。なんというか、見学者の平均年齢が高いなあというのが第一印象です。私は平均年齢を下げるのに貢献したと思います。

ともあれ、決して大混雑ではありませんが閑散としているというほどでもなく、「興味を持っている人って意外といるんだなあ」と思いながらの見学でした。しようと思えば、展示品にかぶりつき状態で最初から最後まで見学できます。

宗像大社は天照大神がお産みになった三柱の女神(宗像三女神)を祀り、大陸や朝鮮半島への海上交通の平安を守護する玄界灘の神として、大和朝廷が大変重視していました。「裏伊勢」と呼ばれていたそうで、戦後に行われた沖ノ島の発掘調査では、貴重な宝物が数多く発見されています。

古墳時代の銅鏡や勾玉から平安時代(だったかな?)の唐三彩の破片などが見学できました。水晶の切子もあり、年月を感じさせないほど透明で輝いているのが印象的でした。ササン朝ペルシアのガラス器の破片もあり、「海の正倉院」にふさわしい多様な宝物があります。

伊勢神宮の御料を展示しているコーナーもあり、「宗像大社にもこういうものがあったのだろうなあ」と想像できます。「神様のために豪華なものを!」というような、貴石で飾られた立派な太刀もあります。

宗像大社では断片しか見つかっていない馬と馬具(もちろんミニサイズ)もありました。これは形代(生贄の代用)みたいなものでしょうね。解説によると、現在は絶滅してしまった馬ということなのですが、「こういう毛色をした馬で作る」というのが代々伝わっているそうです。

ですが、糸を紡ぐ道具やミニチュアの機もあり、律令政治下での神道というか神社のあり方というか、国の繁栄や安定のためのものなのだなあ、と実感しました。面白いことに、ミニチュアの機は、伊勢神宮の御料は構造面で実際のものと異なり機織りができないそうですが、宗像大社で出土したものは実際に機織りができるそうです。

このような宝物だけでなく、武士の世になっても幕府から本領を安堵され、玄界灘を支配したというか、力を維持していた宗像大宮司家に関する史料も展示されていました。難破船(と当然その積荷)は神社の整備の資金として使えたそうで、幕府から「幕府が中国に送った船は勝手に処分しないでくれ」的な書状が来るのですが、はねつけていたらしいです。

そうやって大きな勢力を誇っていましたが、戦国時代に大宮司家が断絶してしまい、江戸時代以降は福岡藩の支配下に入ります。とは言っても武家からの信仰は篤く、黒田家から奉納された三十六歌仙図扁額も展示されていました。

展示の最後で紹介されていたのですが、出光興産の創業者出光佐三氏は宗像の出身なのだそうです。貴族院議員となったのち、荒廃した宗像大社に衝撃を受け、再興のための活動を行い、これが戦後の沖ノ島での発掘調査につながったそうです。それだけ縁があるからこそ、貴重な国宝がいくつも展示されているのだなあ、と思います。

美術館には、お茶が無料でいただけてひと休みできるスペースがあり、とても快適に過ごせました。ミュージアムショップでは、これを購入しました。

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国宝の銅鏡をデザインしたピンバッジです。ピンバッジそのものより、「時満ちて 道ひらく」という言葉がとても印象に残ったので、記念に選びました。使いどころがないのが悩みなのですが(汗) どこにつけようかな? と考え中です。それとも、何か別の形にできないかな〜(そういう道具は持っていないのですけれど)。

uriel_archangel at 11:42 | 講演会・展覧会 
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