May 02, 2015

* 現代日本のシングルマザーの置かれた状況は中世ドイツとあまり変わらないと思った

……なんて、ちょっと刺激的なタイトルにしてみましたよ。

詳しくは書きませんが、何か月か前に起きたある事件を契機に、シングルマザーの置かれた厳しい状況が話題になりました。母親の手記を読んで、「ああ、あそこに書かれていた状況と同じだ」と思ったのが、何度も書いている私の愛読書での描写です。



ありがたいことに、今はKindle版もあります。最近はもっぱらこちらで読んでいます。




以下に引用します。ページ数は文庫版のものです。
 彼女たち[引用者注:未婚の母親や寡婦]は市民権を持っていなかったから、親方になれなかったどころか組合に入ることも、徒弟になることも、賤民の職業とされていた刑吏、牢守、皮剥人などになることも出来ない。彼女たちはこれらの賤民のように職業・身分の故に賤民だったのではなく、その存在が既にこの社会でポジティヴな地位すらもちえないようなものなのであった。
 彼女たちが賤民に数えられるのは、まさに彼女たちが配偶者を失ったことによって身分制原理から、財産もなく、働く機会を奪われたことによって金銭の原理からはじき出されてしまったからに他ならない。(後略)[p.135]
補足すると、当時は、贈与関係で結ばれる身分制社会から金銭を媒介とする近代的な社会への過渡期であり、商人が台頭しつつある時代でした。未婚の母親や寡婦は、新しい身分制度と古い身分制度、そのどちらからもこぼれてしまう存在だった、ということです。
 身にはボロを纏い、同年輩の女房などがそれぞれの亭主のことを自慢したり、こきおろしたりしている立ち話の横をうつむきながらも毅然としてすりぬけ、男たちの好色なまなざしにさらされながら、子供の成長だけに一生の期待をかけていた彼女たち、こうした女性たちは無限に続くように思われる、昼と夜の交代をどのような心境で受け止めていただろうか。
(中略)
 だがドイツ中世都市の日常には我が国の現在のように、駆けずり回るほどの忙しい仕事があったわけではない。彼女たちは仕事がありさえすれば喜んで働いたことだろうが、実際はそれがなかなか難しかった。オーストリアの歴史家ヘーアは中世後期にドイツの都市が衰退していったのは、これらの婦人の巨大な労働力が男性によって駆逐されたせいだとまでいっている。商業が発達した大都会ならいろいろな下働きの口はあったが、ハーメルンのような小都市では仕事にありつくことがすでに大仕事であり、屈辱的な経験であった。(後略)[pp.137-138]
前半部分は阿部氏の想像ですが、豊かな空想の産物というものではなく、ご自身がそういう状況にある女性の姿を見聞きしていて、それを踏まえて書いたのではないかと思います。これも私の想像でしかありませんが、戦中・戦後は配偶者を失って苦労していた女性は多かったはずです。

もう何年も前に、オーストリアの歴史家ヘーアは中世後期にドイツの都市が衰退していったのは、これらの婦人の巨大な労働力が男性によって駆逐されたせいだとまでいっている。という部分から「女性の労働力の活用は大事だよ〜」的なことを書いたことがあります(こちら)。

私はこの本での女性たちの描写を「遠い国の遠い昔の話」と思っていましたが、それは私の世界が狭いだけで、今でもこのような状況は続いているのだな、と考えさせられました。

uriel_archangel at 13:56 | 日々の記録 
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