July 25, 2015

* 偶然見た放送大学の講義が興味深い内容でした

地上波やBSに面白そうな番組がなかったので、番組表を眺めていて見つけました。さっさとCSの番組表に移動していたら、気づかなかったかもしれません。見てみたところ、非常に興味深い内容でした。なんというか、「どまんなか」という感じです(笑)

先ほど検索してみたところ、このような授業でした。で、昨日見たのはこの2つです。上記のページからの引用です。
  • 写本から印刷術へ 〜書物の文化の発展〜
    初期中世には、カロリング時代の教会改革とともに聖書やラテン語古典の写本の文化が開花し、13世紀の大学成立の時期になると、書物には頁や索引が付され、より合理的な知識の検索ツールとなる。そのような書物の発展が活版印刷の発明を導き、書物の大量生産の時代を到来させた。その過程を考える。

  • 中世の民衆と文字文化
    中世の民衆の間で、いかに俗語の文字文化を発展していったかを中世後期まで辿る。とくに、都市の実務文書と俗語文字文化との関係や、「往生術」、「死の舞踏」といった宗教的な木版印刷が俗語文字文化の発展にどのようにかかわったかを考察する。
活版印刷についての話は、先日見たヴァチカン教皇庁図書館展とも重なるところがありました。活版印刷が、知識や思想を広めるという活動にどれだけ貢献したか、というのを考えさせられます。

それ以前は書物の「コピー」は写本しかなかったわけですから、知識や思想が広まる範囲やスピードは、今とは比べ物にならない(小さい)規模なのです。木版で印刷するとしても、それこそ活字を組んでいたわけではないですから、作成のスピードには限度があります。現代から過去を見る場合、そういう違いを意識しないといけないのですよね。

アントワープにあるプランタン・モレトゥス印刷博物館に、行ってみたいなあ、と思います。活版印刷が発明されたころから19世紀半ばまで、300年にわたって質の高い印刷を手掛けた会社が、今は博物館として保存されているのだそうです。

そして、ヨーロッパ各地に誕生した大学が地図に表示されていたのですが、やはりスペイン・イタリア・フランスに比較すると、ドイツ以東(中欧〜東欧)は大学の数が少ないなあ、と思いました。

「中世の民衆と文字文化」は、知らなかった話が多く、非常に勉強になりました。当時の人々にとって「読める」と「書ける」は同じではなく、違う人が担っていたのです。文字を書けるようになるためには、専門の教育が必要でした。

普通の人は(どのレベルかはしっかり覚えていませんが)、「ここに書かれているのは自分の名前だ」というのは分かっても、内容は口頭で説明を受けなければ分からなかっただろう、ということです。

そして、ワルド派についての説明が、私はまったく知らなかったことで、とても勉強になりました。ワルドは聖書の内容を俗語で(日常で使っている言葉)で記した書物を作り、それをもとに人々に説明することで、聖書の教えを知ろうとしたのです。

先ほども書きましたが、それまでは(そしてその後も)教会にあるラテン語で書かれた聖書を聖職者が説明してきたわけです。場所によっては、教会にも聖書は置いていない、ということはあったと思います。

そこで、「自分たちの言葉で聖書を読む」という活動をするグループにとって、当然教会での説明に納得いかないところも出てきます。いろいろと端折ってしまうと、そんなわけでワルド派は異端とされ、迫害されました。

ここで、分かる人には分かると思うのですが、聖書を自分で読むというワルド派の姿勢は、プロテスタントと非常に近いのです。活版印刷のある時代だったら、ワルド派の広まりや扱いも、違ったのではないかと思います。

実際、ワルド派の人々は、宗教改革期に多くがプロテスタントに合流したそうです。どこかは忘れましたが、ルターとワルド(ワルド派の創始者)の像のある宗教改革の記念碑(だったかな?)が紹介されていました。

偶然見つけた番組ですが、とても勉強になりました。

uriel_archangel at 11:55 | 日々の記録 | 学び
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