ことば

November 25, 2013

* 物語を分析する能力があれば構築もできる

もう10月はじめの話になりますが、Twitterでこのような記事を知りました。ここでも紹介されていますが、で、小学生・中学生・高校生それぞれを対象にしたワークブック(英語です)がPDFで入手できます。

この記事を読んだときに、パッと頭に浮かんだのは、言語技術(Language Arts)でした。講演会とワークショップの感想を、このブログでも書いています。最初に紹介した記事に対しては、「すごい!」という反応が多かったです。

確かに、小学生向けにこういう説明をするのか! という驚きを感じるのは、十分に理解できます。私も、自分の息子の国語能力を考えると、「これはできないよなあ」と思います。でも、「外国では(日本における)国語の授業でどのようなことを学ぶか」を知っていると、小学生相手にこのような説明をするのは当然のことだということも、同時に考えられます。そして、普段の分析とは逆の方向に作業をすれば、オリジナルの物語が作り出せるのです。

今思い出してみると、中学受験で通った塾や中学高校・予備校での国語の授業は、「○○についてどう思いますか」みたいな情緒的なものではなく、それなりに文章を分析するものであったと思います。これは、ある程度勉強が得意であれば、子供のときにきちんと系統だてて身に付けていなくても対応できるのではないかと思います。でも、そうでない場合、学年が上がったからいきなりこういう分析をしろ、というのは、非常に難しいものではないでしょうか。

そうすると、子供のときから「分析的に文章を読む」という練習は必要なのではないかと思います。何もかもが日本国内で完結する時代であれば、従来の「感性を大切にする」というアプローチだけでも大丈夫かもしれません。でも現代は、グローバル化が進んでいます。海外に行く気なんかない、という人でも、日本国内で異文化を基盤とする人との接触が必要になることもあります。

私は、「異文化を基盤とする人との接触」については、つきつめていくと生まれ育った地域や家庭でも基盤が異なるので、究極的に他者との接触は、その人の母語や国籍に関係なく、常に摩擦が発生する余可能性があると思っているのですが、ここまで語り出すと長くて大変になるので、今回はこの点には触れないでおきます……。

本題に戻ると、私が以前引用したように、ハイコンテクストなものをローコンテクストに翻訳する能力が求められているのです。分かりやすく表現すると「今までは『お約束』『空気読んで』で通じていたものを、誰にでも分かるように説明する」というところでしょうか。年配の人が「こんなことまで説明しなくてはいけないのか」ということも、きちんと説明しなければならない時代なのです。

日本語は論理的ではない、とは、私は思いません。言語が非論理的なのではなく、それを使う人が非論理的なのです。だから、日本語の教育でこういうやり方がなじまない、ということはありません。使う人にとってなじみがない方法だというだけです。

感性や情緒を大切にして作品を鑑賞するのは、分析的に読む方法を身に付けていても可能ではないかと思います。逆に、「なんとなく」読んでいると、大切なことを見落とす可能性があります。「分析的に読むスイッチ」を身に付けて、それをオン・オフ可能な状態にしておくことのほうが、今までの「お約束」が通じなくなっている時代には、重要ではないでしょうか。



余談ですが、このサイト以前に、大人向けの「小説を書く方法」としてSnowflake Methodというのがあるのは聞いていました。これは、最初は大まかな設定を作り、その大まかな部分をさらに細かく設定していくことで、最後は雪の結晶のように物語が完成している、というものです。上記リンク先は英語です。日本語では、ざっくりとですが、次のページで紹介されています。私もこれを使って最後まで作ったストーリーがあるのですが、文章にせずにいます……(汗) 書いてみると、思ったように進まないのですよねえ。困った困った。

uriel_archangel at 11:30 | 学び | 自分用TIPS
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November 24, 2013

* 言葉のアクセントがぽろりぽろりと関西風になる2013年秋

今年の秋は、ドラマを2本見ています。です。

以前も書きましたが、『ごちそうさん』は、和枝のいけずが見ていて辛いのであらすじだけ、っていた時期がありました。でも今週から、いけずも度を越して喜劇だと感じられるようになったので、放送を見るようにしています。め以子に大阪での仲間が増えて、安心して見られるようになったから、というのもあります。

『ちりとてちん』は、目を皿のようにして見ています。とか書くと大げさですが、朝に1回見て、夜も家族と一緒にもう1回見ています。なんというか、「細かいところも見逃してはいけない」という感じで、じーっと見ていないといけない感じなのですよね。

――で、『ごちそうさん』で舞台が大阪に移ったこともありますが、日曜日以外は1日に30分くらい、関西弁のシャワーを浴びている状態になります。その影響か、イントネーションがおかしくなってきました。

「おかしい」という表現に嫌悪感を持たれる方もいるかもしれませんが、関西弁ネイティブではないので、「単語だけ」「フレーズだけ」という感じで混ざってしまうのです。私自身は、中途半端な関西弁は人前でしゃべりたくないと思っているので(カタコトの外国語で話すのは恥ずかしい、というあの感じです)、「ありゃりゃ」という気分になってしまうわけです。

やはりノリノリで『ちりとてちん』を見ている家族(関西出身)が、影響を受けてばっちり関西弁でしゃべるので、ドラマ以外での刺激も延々と続きます。こうなると、イントネーションが引っ張られるのですよね。

私は大阪に3年間住んでいましたが、そのときもいわゆる「関西弁」は話さず、「関西弁のイントネーションで東京弁を話す」でやっていました。周囲に知り合いがいなかったというのもありますが、「中途半端な関西弁を話すくらいなら東京弁のほうがいい」という意見を複数の人から聞いたというのもあります。

自分でも、アニメやドラマなどで「なんちゃって関西弁」を聞くと「これ違う!」というのは感じていました。でも、こういうのってまさに外国語と同じで、「聞いて分かる」と「話せる」というのは、レベルが全然違うのです……。

東京に戻ってからはそういう話し方はしなくなりましたが(そうする必要もなくなったので……)、関西弁をよく聞くようになり、10年以上前に作った「関西弁スイッチ」が、ときどきオンになるようです。

いやー、でも、一番見たいのは『カーネーション』なのです。テレビで泉州弁が聞けるのですよ! 本放送時はちらちらとしか見ていなかったのですが、叔父や伯母・叔母たちの会話を聞いているような、懐かしい感じがしました。私は大人になってから住んで、しかも年長者の泉州弁ばかり聞いていたので、違和感がありませんでした。でも、若い子はちょっと違う感想かもしれませんね。

uriel_archangel at 10:53 | 日々の記録 
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May 20, 2011

* 目立たないバリアフリー

インターホン1


東京メトロの駅に、このようなよびだし用インターホンがあります(都営線にあるかどうかは、未確認です)。最初は「ふーん」と思っただけだったのですが、よくよく見てみると、「きちんとできているなあ」と感心してしまいます。

上の写真で写っているのは、(ある程度の教育を受けた)日本人用です。

インターホン3


そしてこちらは、インターホンの下に書いてある文章です。漢字を使わずに書かれています。まだ難しい文章が理解できない子どもや、日本語が堪能ではない外国人を対象にしています。上の文章では「不審なものを発見したとき」となっていますが、下では「ふしんなものをみつけたとき」となっています。

外国人向けと聞くと、英語やハングル・中国語での表記を考えてしまいますが、思い切ってひらがなだけの日本語で書くというのも、いいアイディアだなあと思います。これなら子どもでも分かるし、説明だけでこのインターホンが「耳なし芳一」状態になることもありません。

英語・ハングル・中国語以外の言語が母語の人(で、この3か国語が理解できない人)でも、日本語の基礎を身につけていれば、ここに書かれていることがまったく分からない、ということはないでしょう。

ただルビをふるように日本語をひらがなで書くのではなく、「発見したとき→みつけたとき」と、分かりやすい日本語に書き直しているところが、評価が高いです。もうちょっと言葉の書き換えができるのでは……と思わなくもないですが。

インターホン2


私が一番「うまくできたなあ」と思うのが、この部分です。よびだしボタンの色の説明は、やさしい(この場合は『易しい』ですね)日本語だけですが、よびだしボタンの上と下で、日本語の表現を変えています。「お申し出ください」を「おはなしください」としています。これは、「おもうしでください」と書いても、すぐに意味は分からないですよね。

ただ、出だしの「いないばあい」は、「へんじがないばあい」としたほうが分かりやすいのでは……とも思います。

こうやって、「いろいろな人に対応できるように、うまく書いているなあ」と感心しながら書いていてふと思ったのですが、これは「バリアフリー」というより「子ども用」かな? 低い位置に書いてあるのは、対象は小学校低学年だからかもしれません。ただ、分かりやすい日本語にしたら、結果として読める人が増えた(→日本語があまり流暢でない人)、という感じですね。

どういう意図でこのような表示にしたのかは、もしかしたら東京メトロのサイトなどに書いてあるのかもしれませんが、未確認です。でも、こうして、理解できる人が増えるように工夫してほしいなあ、と思います。

uriel_archangel at 20:03 | 日々の記録 
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