メディア

January 22, 2014

* テレビを視聴する層の高齢化が進んで「年忘れにっぽんの歌」が「紅白歌合戦」を上回る時代が来る?

昨日、TBSの『はなまるマーケット』の「はなまるカフェ」コーナーに、女優のキムラ緑子さんが出ていました。NHKの朝ドラ『ごちそうさん』で演じる人物のキャラクターが話題になっているということで、出演につながったのだと思います。

こういう、「他局で人気の番組に便乗する」というのは、最近増えてきているように思います。『ごちそうさん』だけでなく『あまちゃん』のときもありましたし、他の民放のドラマやバラエティー番組でも、そういうふうに使われていることがあります。NHKをじっくり見ているわけではないので、そういうのはどうなのかな、というのは分からないのですが。

これは、「テレビ局の節操がなくなったから」ではないだろうなあ、と思います。「節操なんてもとからない」という辛口の評価をされる人もいるでしょうか。

私は、「テレビ局同士が視聴者の取り合いをする時代ではなくなったから」だと思っています。視聴率というのは、要は「人が消費する時間をどれだけ自分に振り向けてもらうか」です。今は昔と違って、時間を消費するモノがたくさんあります。ケータイにお金を使うからCDが売れなくなった、というような話がありましたが、これがテレビの場合は「○○に時間を使うからテレビが見られなくなった」になります。

スマホが普及してきた今となっては、テレビのライバルはたくさんあります。テレビ局のプログラムに従わなくても、楽しく時間を過ごせるものがたくさん手に入る時代になったのです。なので今は、個々のテレビ局が視聴者を競って取り合う時代ではなく、テレビ業界全体がスクラムを組まなければいけないということなのだろうなあ、と思っています。

こうやって書いていると、当然ですが、あれこれ選択肢がある中でテレビをあえて見る層というのは、「他にすることがない人」です。必然的に、デジタル機器を活用していない(主に)高齢者がメインなのかなあ、という感じがします。

こうなると、「テレビ番組が若者向けのものばかりで年寄りは面白くない」というのは昔の話で、実は今は「テレビ番組は年寄り向けのものばかりで若者は面白くない」なのでしょうね。私でさえも、流行っている歌を紹介する番組よりも、ナツメロ番組のほうが「知っている曲が多いから安心して見られる(集中して見なくても、ながら視聴でも楽しめる)」状態です。

そんなわけで昨年の大みそかは、家族とあれこれ番組を見ながら、「いつか、『年忘れにっぽんの歌』が『紅白歌合戦』より視聴率を取る日が来るのではないか」と話していました。

uriel_archangel at 11:36 | 日々の記録 
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June 10, 2012

* 「ネット上の有料メディア」と呼べるもの

Twitterで私がフォローしている方が複数参加されるので、何度か情報がTLに出ていました。そんなわけで、16:30を目指して、ニコニコ生放送に行ってみました。

ニコニコ動画はもともと会員登録していたので、すんなり入れました。内容に関心はあったのですが、映像を見ながらの作業中だったため、音声が大きいとワケが分からなくなってしまうため、残念ながらBGM状態になってしまいました。意味ないですね……。

ともあれ、「残り30分切ったな〜」と思ったあたりで、音声が聞こえなくなりました。「あれ?」と思ってサイトを見たところ、満員になってしまい、ヒラ会員の私は会場から出されてしまったのでした。

では、これを機にプレミアム会員になるかというと、難しいところです。確かに、プレミアム会員になるために必要なお金は、大きくはありません。定期的に買う雑誌が月1冊増える、程度でしょうか。そんなに頻繁にニコニコ動画にアクセスしているわけではないので、毎月自動的に、深く考えずに会費を出していいものか? と思うのです。

さらに、そういうふうに気になっている有料サービスは、ほかにもあります。分かりやすく言うと、メルマガです。ニコニコ動画にしてもメルマガにしても、使い方を考えると、「有料サービス」というより「有料メディア」という感じでしょうか。

これも、月1冊定期的に雑誌を買う、という感覚で問題ない程度の金額です。月額をさらにメルマガ1号分にしてみると、自動販売機でジュースを買うより安くなるかもしれません。

でも、「そんなに高くないし」という雑誌でも、3冊4冊とかごに入れてレジに行けば、月々の出費はそれなりのものになります。こういうサービスは、加入して利用していないと困る! というものでもないので、こうやって考えてはいますが、特に行動を起こさずに現在にいたる、という感じです。

冷静に考えると、そんなにあちこちのチャンネルを見るわけでもないCS放送も、「バリューセット」みたいなプランでお金を払っているわけですから(私の財布から、ではありませんが)、なんでネットの有料メディアにはこんなに足踏みしているのだろうと思うと、自分で自分が不思議です。

有料メルマガの購読については、このところずーっと考えているので、それに関連して、「では、自分がオンラインで小説を公開しよう! となったら、1つの作品の金額をいくらに設定するのか」とか、「どういう形で有料化するのか(全体を有料にするか、一部無料で公開するか、とか)」とか、いろいろと思いついていたところでした。

ちょうどそういうタイミングで、ニコニコ生放送で会場から出されたので、既存のメディアとネット上のメディアと、あれこれ考えるきっかけになりました。

結論から言ってしまうと、自分がそうやって有料メルマガに手が出ないのであれば、人に「自分の書いたものをお金を払って読んでくれ」とは言えません。なので、こういうものをもっとポジティブにとらえるべきだろうと思っています。

uriel_archangel at 21:59 | ネットやPC関連 
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July 26, 2011

* 「権威も批評にさらされる社会の到来」を政府もマスコミも無視している?

――というのが、先日の国際女性ビジネス会議の分科会で感じたことです。

分科会のテーマは「ソーシャルネットワークの可能性」で、講師は慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授のジョン・キム氏と、コミュニケーションディレクターのさとなおこと佐藤 尚之氏でした。

ジョン・キム氏によると、大学の授業で学生がノートPCを持ち込み、授業中に言及したデータが正しくないと、指摘されるそうです(ノートPCを持ち込む学生は、三田ではごく少数で、SFCでは過半数だそうです)。つまり、権威もその発言内容を精査され、間違いがあったら容赦なく批判される、ということでした。

これは大学の授業に限らず、役所や政府・マスコミの発表でも、同じことだと思います。インターネット、特にいつでも接続できるブロードバンドの普及により、そういうオフィシャルな発表に使われるデータや背景へのアクセスが、一般市民にも容易になりました。大手メディアに所属する記者など、特定の(特権的な?)職業に属さなくても、それなりの調査ができます。

そのため、10年ほど前のようには、「役所や政府が言っていることは正しい」「マスコミの発表はオフィシャルなもので、事実に基づく公正なものだ」という無条件での信頼は得られなくなっています。逆に、この世の中で無邪気にそのように考えている人がいるとすれば、いわゆる「情報弱者」か「自分で何も考えない人」か、というところでしょう。私は恵まれた条件にいるので気づいていないだけで、そういう人は意外と多いのかもしれませんが……。

――でも、そのことに、当事者が気づいていないのではないでしょうか。いつまで経っても、何十年も続けてきたやり方が通用すると思っているのではないか、という感じがします。

「正しい情報・必要な情報だから政府やマスコミの発表を信じる」のであって、「政府やマスコミの発表だから内容が正しい」ではない、ということを、私たちも意識しなければならない、と思いました。

uriel_archangel at 19:58 | 講演会・展覧会 | 学び
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July 22, 2011

* マスコミの報道(?)はスポンサー次第+電力不足懸念の根拠は?

――というのが、電力の問題が起こる以前から考えていることです。

そう考えるきっかけになったのは、英会話スクールのNOVAでした。だいぶ前から、「思うような予約が取りにくい」という話は聞いていましたし、講師として働いていたネイティブスピーカーの話を聞く機会があったのですが、あまり待遇が良くなさそうでした。

そしてこれは、私の推測なのですが、あれだけ大規模に展開して講師を採用して、となると、どう考えても講師の能力は「ピンキリ」です。全員ダメとは言いませんが、かなり能力にばらつきがあるのではないか、と思っていました。

私が通っていた英会話サロン(バブルではじけました……)は、決して派手に展開しているわけではありませんでしたが、それでも、新しい校舎が増えて先生が増えると、「先生の質が悪くなった」という話が出ていたくらいでした。それだけ、質の維持は大変なのです。だとしたら、「駅前留学と銘打って……」となると、推して知るべし、です。

でも、そういう話は全然表に出てきませんでした。私としては、なんで新聞やテレビは問題として取り上げないのだろう……と思っていました。

それが一転したのが、NOVAがCMを自粛してからです(何がきっかけか忘れましたが……)。そうしたら、手のひらを返すように、NOVAや社長を叩く叩く。あっという間に悪いイメージが広がりました。メディアの行動は、分かりやすいですね。私としては、「今ごろになって……」でしたが。

この一件で、「当たり前だけれど、メディアはスポンサーの不利な報道はしないよなあ」としみじみ思いました。さらに、仕事がらみでちょっとだけメディアの世界を垣間見ることができ、「そうか〜、いかにも『取材してきました!』みたいな映像があっても、それは宣伝なんだな」ということも分かりました。

つまり、NHKはどうか分かりませんが、民放や新聞は、視聴者(読者)のためではなく、スポンサーのための番組(紙面)なのだ、ということです。これが「リテラシー」ということでしょうが、テレビや新聞で提示されることを漫然と受け入れるのではなく、批判的に考えるということが大切なのだと実感します。

だから、問題があるにも関わらず報道がされていない企業というのは、いろいろあるのだろうなあ、と思います。

そして最近気になっているのが、「電力不足の懸念」に関する報道です。原子力発電所の定期点検やトラブルでの停止が報道されると、お約束のように言われています。

――でも、具体的に、「この発電所は何kWの電力を作っているから、ここが停止すると最大で何kWの電力を必要とする○○電力管内では、電力が足りなくなるかもしれない」とは言っていません。ただ、「懸念」が言われるだけです。こういう報道をしているから、事実はともかく「メディアは電力会社と結託している」と言われてしまうのでしょう。

メディアには、そういう評価を払拭できる行動を期待しています。いちおう。

uriel_archangel at 23:58 | 日々の記録 
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June 10, 2011

* メディアのパッケージが自分に合わない

――というのは、昔から「人とは違うことばかり考える/実行する」私からすると、今に始まったことではありません。

自分で言うのも奇妙ですが、私は、テレビのニュース番組(という名のPR番組)で紹介されている映画は見ようと思わない・ドラマに関心がない・アイドルはまったく興味がない……という、番組を作る側からしたら、どう見ても「マスの構成員」ではない趣味や嗜好の持ち主です。

それこそ書店でも、平積みにされている本を買うというのがあまりありません。自分が読んでいる本が人気があって、平積みにされているというのであれば話は別ですが、「ベストセラーだから」というだけでは、読む気にならないのです。

今でも思い出すのが、20年ほど前に、母と海外旅行に行こうと、パンフレットを見て検討したときのことです。フランス旅行で、「パリ〜モン・サン・ミシェル〜ロワールの古城めぐり」というルートのツアーがありました(順番が多少違うかもしれませんが)。

で、「これに行きたい」と私が行ったので、母が旅行代理店に問い合わせたところ、「このツアーはもともと成立しないことが多いので、春休みの時期にできるとはとても思えない」というようなことを言われた、とのことでした。私が候補に挙げたツアーがことごとくこういう扱いで、代理店の人に鼻で笑われたそうです……。今では、このルートはとても人気ですけれどね。

――そんなわけで、私は世の中を先取りしているのだ、と考えることにしています(笑)

こういう感じで、マスコミが「みんな、こういう感じのものが見たいんじゃないの?」と取り上げるものが、自分の趣味に合わないというのは、当たり前のことでした。以前は「まあ、私の趣味は変わっているから仕方ない」と思っていたのですが、だんだんそういう考え方をしていられなくなりました。

「別に、私に合わせろとは言わない。でも、視聴者は本当にこういう情報を望んでいるのだろうか。情報を出す側は、『この程度のものを見せておけばいい』と思っていないだろうか」という感じがします。

タイトル等を失念してしまったので詳しく書けないのですが、田原総一朗さんの本(たしか新書)で、テレビ創成期について書かれたものがありました。もう10年は前の本かなあ、と思います。そこに書かれていたのは、新しく出現したメディアであるテレビで、制作者たちが積極的に新しいことに挑戦していく姿でした。

でも、今はどうかというと……守りの体勢に入っているのではないかと思います。新規参入がしにくいのをいいことに、既存のテレビ局は、放送時間を埋め、スポンサーが満足する視聴率が確実に取れるものを狙った番組、悪く言えば無難なものを作ることに、一生懸命なのではないでしょうか。だから、ドラマの原作は人気のある小説や漫画というものが増え、ドラマでもバラエティーでも、出演者は似たような顔ぶれになっていると思います。

確かに、テレビの地位は確立しているし、テレビに関わる人だけでなく、変化や失敗を嫌う(恐れる)人が多い日本では、こういう流れになってしまうのは仕方ないかなあ、とは思います。

でも、もっと競争がないと、提供するパッケージに変化は訪れないように思います。今ちょうど『キュレーションの時代』を読んでいるから、というのもありますが、どのチャンネルを見ても変化がないのであれば、「どこも見ない」という選択肢も成立すると思います。私からすると、チャンネルごとの違いというのは、たとえば報道番組では「どの映画を推しているか」「どのテレビ番組の宣伝をするか」くらいしかないように思えます。

よく「趣味嗜好の多様化」と言われますが、その中にあっても、かつてのマス向けの手法から変化していないというのは、「生き残れない」ということではないかと思うのですが……。新規参入が難しいだけに、「何をやってもこの土俵からおりることはない」という考えなのでしょうか。

最近は、地上波なら民放よりNHKです。自局の番組の宣伝がないとは言いませんが。そして、民放なら地上波よりもBSやCSのほうが面白いと思います。それこそこちらは、まだ創成期なのでしょうね。

以前はNHKはいろいろと規制が多い(たとえば商品名は出せない、など)と言われていましたが、今はスポンサーの関係で、民放のほうがよほど規制(しかも自主的なもの)が多いと思います。スポンサー企業との利害関係がないからか、今いちばん自由な番組作りができるのはNHKではないか、と思っています。――と言っても、『暮らしの手帖』みたいなことはできませんけれどね。

また、タイトルと内容が微妙に一致しないものになってしまいました……。

uriel_archangel at 20:46 | 日々の記録 
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May 31, 2011

* 「ニュース番組」は「報道」ではなく「PR番組」

――というのが、最近の私の思うことです。

これは、昔から気になっていました。「『ニュース番組』って言ってるくせに、テレビ局が開催する夏のイベントとか、ドラマの宣伝してるじゃないか〜」と思いながら見ていました。あと、韓流アイドルとかドラマとか、日本のアイドルにさえ興味がないので、そういう「芸能ニュース」にも興味はないので、「ニュースです」という顔で放送されているのに違和感を感じていました。

別に、『笑っていいとも』のテレフォンショッキングで、「友達の紹介」と言いつつ全然そうでなさそうで、イベントとかドラマとかを宣伝したそうな人が、タイミングよく順番に出てくるのは、気になりません。あのコーナーは、もう20年以上はそういう状態です。

でも、ニュース番組は報道なんだからさあ……と思っていました。そういう流れで、どの局とは言いませんが、「なんでこの人の接待のためにやってるような、中身のない番組を見なければいけないんだ」と思うこともあります。

私は父を尊敬しているのですが、油断するとその番組を見ています。尊敬していても、それはイヤ……と思います。こういうときは、気づかれないようにチャンネルをNHKにします。父によると、「芸能ニュースがない番組を選んでいる」とのことなので、「ならNHKだよ!」と言っています。その甲斐あってか、まあ3.11があったのもあるでしょうが、父もNHKニュースを選んでくれるようになりました。

――で、3.11以後です。マスコミの報道についての批判が、Twitterにあふれています。そういうものを読んでいるうちに、

「結局、ニュースという名目で自局のイベントや番組をPRするのと、同じことなんだ。『ニュース番組』と言っても、そこで放送しているのは《国民が知るべき事実》ではなく、事実とは限らない、テレビ局側が《国民に知らせたいこと》でしかない。あれはPR番組と思って見なければいけないんだ」

ということが、ふっと思い浮かびました。「ニュース番組」を名乗ってはいるけれど、中身は「ニュース番組」ではないのです。「ああ、こういうことを国民に知らせておけ、と思っているんだなあ」というスタンスで見れば、「ニュース番組」にがっかりすることもないのです。

確かにきちんとした番組もありますが、数は少ないし、視聴率が取れないからか、放送時間も決して恵まれているとは言えません。

なので、そういうふうに、眉唾というか、「ニュース番組が本当のことを教えてくれると思ってはいけないんだ」と思って見ていればいいのです。テレビ番組は、映像も音声も至れり尽くせりなので、そのまま受け入れてしまいがちです。でも、それではだめなのだ、と実感しました。

本来は、こういうときに重要なのはリテラシーです。でも、教育で重視されていないように思います。大人もリテラシーがあるとは言いがたい状況ですが……。情報に踊らされて騙されないためにも、意識することは大切だと思います。

uriel_archangel at 18:43 | 日々の記録 
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