ライフスタイル

August 22, 2011

* 仕事だらけの日々が続いた結果

締切が近付いていて作業が終わらないと、どうしても無理な生活になります。長時間眠らないように、テーブルやちゃぶ台に突っ伏して、「アラームが鳴るだけだと目が覚めないかもしれない」ということで、いつも目覚まし時計代わりに使っている携帯をマナーモードにします。こういうときって、音よりも振動に反応するのですよね。

――というのはさておき、こんな感じで苦労すると「こういう生活はなるべくしないようにしよう」という結論には達します。「そういう生活」とは無縁の生活が続けられれば一番なのですが、計算違いが重なって「そういう生活」をしなければならないこともあります。

で、「体のメンテナンスもしないと、もたない!」という結論に達しました。

生活の改善(睡眠時間だけでなく、食事や運動など)が一番なのですが、手っ取り早いサプリメントを使うことにしました。

イー・ウーマンで開発した、メロンリペアです。(下の写真はイー・ウーマンのサイトからお借りしました)

メロンリペア


長らく「登録してただけ」状態だったスポーツクラブを退会したので、それよりもっと効果的だろうということで、定期購入を申し込みました。

まだ飲み始めて2週間弱ということで、はっきりした結果は出ていません(と思います)。「あれ、ちょっと違うかも」という感じがしたら、このブログでご紹介します。

しかし、夜中に睡魔と闘いながら仕事をしつつ、「あー、メロンリペア買おう!」と思っているのですから、変な感じですよね。

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August 21, 2011

* 結局働きっぱなしの1週間

――とは書きましたが、仕事があるのはありがたいことです。

お盆で事務仕事の休みが週の前半に集中したために、後半がちょっと忙しくなりました。前半の時間の使い方に問題があったということでしょう。それでもなんとかなっているので、「やればできる子」と思うことにしています。

確かに「またまた追い込み中」ですが、先週のような「徹夜続き」にはなっていないので、肉体的に辛いということはありません。先週は本当に、徹夜が続いた揚句にノルマ達成が締切5分前でしたから……。外せない予定が入っていたので大変でしたが、結果として「二兎を追って二兎を得る」にはできました。こういう小さい達成感が、自信につながりそうです。

今週は、先週よりは早く進むはず、とは思っています。でも、油断していると似たり寄ったりの状況になってしまうので、気を引き締めて取り組みます。

昔から、私の最大の問題は、「エンジンの調子が出るまでに時間がかかる」ことです。年がら年中トップスピード、というわけにはいきませんが、調子が出るまでの時間を短縮していきたいです。

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August 20, 2011

* 若くないので「自分の体」は意識しなければ保てない

……というのが、この数日考えた結論です。

そもそものきっかけは、定期的に通っている整体で、腰痛対策を教えてもらったことにはじまります。仕事でも趣味でもPCに向かっているので、どうしても座りっぱなしになり、腰に負担がかかっています。

教えてもらった方法は、特別なものということはありません。バスタオルを丸めて椅子(や座る場所)に置いて、腰の位置を高くするというものでした。確かにこうすると、背中もぐにゃぐにゃしないし、座っていて楽です。

なので、相変わらず仕事で座りっぱなしなこともあり、なるべくタオルを座面に置くようにしていました。

そこでふと気づいたのが、
「ちゃんと、自分でこういう姿勢を維持しようと考えないと、タオルを置いていても意味がないなあ」
ということです。気を抜くと、タオルがあろうがなんだろうが、結局背中がぐにゃぐにゃしてしまうのです。

さらに、これは最近に始まったことではありませんが、洗面所やバスルームで、鏡に映った肉の塊(汗)に驚くこともしょっちゅうです。

職場まで歩きながら、「そうだ、こういうときも、タオルで傾斜をつけて椅子に座った時の腰の感覚を意識してみよう」と思いました。そして実践したところ、腰の位置がいつもより高くなったような感じがしました。腰だけでなく、体全体が(いつもより)引き締まった感じがします。

そういうこともあって、いろいろと考えました。そして、一応結論が出ました。

若いときは、体がしっかりしているので、ボンヤリしていても、筋肉(腹筋・背筋・詳しくは分かりませんがインナーマッスルなど)が、体を支えています。でも、こうやってどんどんと年齢を重ねると、意識していないと、自分で自分の体を支えられなくなるのです。体重が適正でないとか、そういうことはひとまずおいて。

つまりは、タガがゆるんだ状態になってしまうわけです。こうなると、姿勢はぐちゃぐちゃだし、当然ながら体の中身(内臓)もあるべき位置にないでしょう。

なので、「自分の体がここにある」としっかり意識するのが大切なのです。肉体的にはきちんと維持できない状態にあるならば、意識だけでもしっかりしていなければなりません。

実際にどんな状態にあるかは分かりませんが、「骨格だけでなく、腹筋や背筋などの筋肉で自分の体をしっかりと支えていて、内臓もだらんとした状態ではなくきちんと正しい場所にある」と考えることにしました。不思議なことに、これだけでも今までと姿勢が違ってきます。

これまで長年考えたことがないものなので、ずっと意識しているのは難しいです。でも、肉体的な衰えをカバーするべく努力します。本当は、何か運動をしたほうがいいのでしょうけれど。

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August 18, 2011

* 過去にとらわれすぎず「今の自分ができること」を考える

「新卒で就職しておいたほうがよかったかなあ」とか「そもそも大学受験のときに、もっと数学を真面目に勉強して、東大を目指したほうがよかったかなあ」など、過去を振り返ると、「ああすればよかった」「こうしておいたら、もっと違った人生を歩んでいるはず」ということのオンパレードです。

確かに、今の自分が置かれている状況を見ると、そういうふうに考えたくなることもあります。でも私の場合、そういう考えはすぐに忘れてしまいます。なぜかというと理由は簡単で、そんな過去のことをくよくよ悩んでも意味がないからです。

「ああすればよかった」と考え続けたら過去が変わるというのであれば、喜んで考えます。でも、そんなのは不可能です。ということで、くよくよ悩むようなことはしません。10年以上前のことになると記憶が定かではないのですが、そういうふうに悩んだこともあったかもしれません。

――でも、悩んだところで解決にならないどころか、納期は容赦なく訪れます(苦笑) 何の利点もないどころか時間を食いつぶすので、そういうどうしようもないことをあれこれ考えるのは、やめました。

そういう考え方は、ビジネス書を読むときにも活かしています。だいたい、こういう本を書いている人と私はスペックが違うし、立場も違います。でも、だからと言って「あんた(著者)は恵まれているから、私とは立ち位置が全然違うのよ!」と切り捨ててしまっては、読む意味がありません。

ということで、この種の本を読むときは、どういうところがそのまま取り入れられるか、どうアレンジしたら自分の状況にも合うものになるかを考えながら読みます。「私にはこの人の持っているもの(職歴や学歴)がない」と思ってしまっては、先に進みません。そういう人に比べたら貧弱かもしれませんが、自分の手持ちの装備でやっていくしかないわけです。

そしてまた、こういう本にはよく書かれていることですが、現在の自分が置かれている状況は「自分が選択を重ねた結果」です。過去の自分(の選択)にケチをつけてばかりでは、本当に何も変わりません。だったら、これからの自分の選択を変えていくべきです。小さいところから言うと、「過去にあれこれ文句をつけるのはやめる」ですね。

「普通」のルートを選ばなかったおかげでいろいろ苦労もしました。でも、フリーランスの翻訳者というのは(なんとか生き残っている身としては)面白いものですし、どう考えても「安定した大企業」は私の性格には合わないし、偶然見つけた事務の仕事は環境も待遇も恵まれているし、という状況です。

なので、自分の選択は悪くはなかったかなあ、と思います。常に歩きやすい道ばかりだったわけではなく、それなりに山あり谷ありでしたが、そういう経験があったから、今の自分と環境があると思います。

あるときは辛いことばかりで、また別のときは楽しいことばかりですが、振り返ってみると全部まとめて「まあ、いいか」と思えます。これから先も、こんな感じで過ごしていくのかなあ、と思います。

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August 14, 2011

* 人間は機械ではないのだから作業効率が変わるのは自然なのでは?

――ということを1か月以上前に考えていたことを思い出しました。また忘れないうちに書いておきます。

小田嶋 隆氏の「ア・ピース・オブ・警句」が、読んでいて面白いので、ほとんどこれを読みたいがために、日経ビジネスオンラインに会員登録しています。無料なので、特に何がどう、というのがあるわけではありません。

7月の記事ですが、「エアコンを止めて分かったニッポンの夏の過ごし方」を読んで、どちらが先だったか分かりませんが、同じような時期に見たテレビ番組と重なるところがあるなあ、と思いました。

それは、「日本(東京)よりも暑いフィリピン(だったかな)の人たちは、どのように暑さをしのいでいるのか」という、ワイドショーか何かの特集でした。日本ほどエアコンが普及しているわけでもないので、寝苦しいときは部屋を出てアパートの廊下で寝たりもしていました。今の日本だと、こういう暮らし方は難しいかな、と思いました。

その特集を見ていて感じたのは、「暑い時期は暑いのだから、無理せず過ごそう」というような考え方があるのではないか、ということです。おそらく、暑さで仕事がはかどらずに効率が落ちることがあっても、それはある程度は許容されているのではないかと思います。

では、日本でそういう考え方ができるのかな……? と思うと、周囲の圧力がそれを許さないのではないか、と思います。真面目と言えば真面目ですが、「何があっても1年を通じて同じ生産力(作業効率)を維持する」というのが、無言の前提としてあると思います。日本に限らず、近代化や工業化が進んだ国では、そういうものかもしれませんけれど。

でも、人間は機械ではありませんから、常に同じように動けるとは限りません。というか、機械でも、その日の温度や湿度などの条件によって微調整が必要なわけですから、人間だって同じだと思います。

これは余談かもしれませんが、「何があっても1年を通じて同じ生産力(作業効率)を維持する」というのは、第一次産業にも求められています。たとえば牛乳の生産量が落ちないようにとか、常に同じ品質の野菜が出荷されるようにとか。

牛乳であれば乳牛の体調、野菜などの栽培であれば気候など、人間にはコントロールできない、生産力を左右する要素は複数あります。それを無視して常に安定した供給を求めるというのは、結果として不自然な状況を作り出していると思います。

なんだか、人間にも同じようなことが求められていて、その結果としていろいろと不自然なことになっているのかもしれない、と思いました。「近代社会」や「先進国」では「自然なこと」は、人間にとっても「自然なこと」とは限らないなあ、と感じます。

「こんなに暑いんだから、ちょっとくらい仕事の能率が悪くなっても仕方ないじゃない」
という、自分の現状を思うと自己弁護的な結論になりました……。
でも、もしかしたら、そういう多少のメリハリを許容したほうが、通年でみるといい結果になるかもしれないですよね。ビジネスは相手があってのことなので、確実にそうなるとは言い切れないですが。

――まとめにならないようなまとめを書いたところで、仕事に戻ります(汗)

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August 09, 2011

* 「今日と同じ明日」が訪れる保障はないから日々「最善」を積み重ねよう

――という趣旨のことを、既に4月に自分のブログやmixiの日記にちらりと書いていました。

当時はきちんと書かなかったこともあるので、情報を追加しつつ再度書きます。3.11の直後と言えるでしょうか、3月末に、叔母が突然亡くなりました。朝起きてこないので叔父が様子を見に行ったら……とのことでした。寝床のそばに置いてあった灰皿に燃え尽きたタバコがあったとのことで、本当に一瞬のことだったようです。

叔母は体が丈夫で、めったに病気にならない人でした。4月には初孫の入学式があり、とても楽しみにしていたそうです。毎年4月の初めには、親戚が叔父の家に集まり、お花見をしつつ叔母の美味しい料理を楽しむのが定番でした。もう叔母は食材の発注もしていました。お花見は数日後だし、入学式もあと1週間、というときでした。

私たちは手配していた航空券の変更が難しく、当初の予定のまま大阪に向かいました。告別式の翌日になってしまいましたが。お花見を中止にしても食材が無駄になるだけだから、ということで、従妹が途中までできていた料理を仕上げたりして、いつもとは違いますが「食事会」をしました。

3.11で、「普通とは何か」を突き付けられたように感じましたが、叔母の死も、私に「日常とは何か」を考えさせました。自然災害だけでなく、突然の病気でも、それまで「普通」「日常」だと思っていたことがそうではなくなってしまうことがあるのだ、と実感しました。

だとしたら、「明日できることは今日しなくてもいい」と考えるのは大きな間違いではないか、という結論に達しました。なにしろ、自分たちが考える「いつもと同じ明日」が訪れるとは限らないのですから。

つまり、「毎日、『今日は、今の自分ができる最善を尽くした』と思えるように過ごそう」ということです。

確かに、毎日ベストを尽くしているとは言い切れない状況です。こう思った当時と比べると、地震は回数も規模も小さくなり、「非日常」の感覚は薄れてきています。でも、一度こうやって「毎日最善を尽くそう」と考えたことは、決して無駄ではないはずです。

もっと、自分の行動にこのときの決心を反映できるように、努力していきます。

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April 14, 2011

* いつも全力&今日できることは今日しよう!

3月11日の地震は、人間の想像を超えた自然災害の威力を見せつけました。そして、大きな地震はいつ起こってもおかしくない状態にあります。「一寸先は闇」では不安をかきたてる表現ですが、「いつ何が起こってもおかしくない」ということを実感しました。

さらに3月末に、親戚に不幸がありました。長い間病気に臥せっていた、ということであれば、ある程度の覚悟はできます。でも、ほとんど病院に行くこともなかったような、とても元気な人でした。朝、なかなか起きてこないので様子を見に行って、亡くなっていることが分かったとのことです。本当に、突然でした。

こうやって書いてみると、一見違うことのように見えますが、肉親にしてみれば、「突然大切な家族を奪われる」という点では同じです。確かに、自然災害で奪われた命は大きなニュースになります。でも、急に大切な家族を奪われるというのは、当事者にしてみれば、ニュースには取り上げられなくても、同じくらい突然で理不尽なことです。

自然災害が身近で起こらなくても、こうやって、毎日当たり前のものとしていたことが、突如として奪われることがあるのだ、と実感しました。

だとしたら、大きな余震があるとか、もっと近い場所が震源の地震があるとか、そういうことは関係なく、日々を後悔のないように過ごさなければ、と思いました。今日当たり前だと思っていることが、明日はそうではなくなるかもしれないのです。

そこで、どう過ごすべきか考えて出た結論が、このエントリーのタイトルです。いつも全力を尽くして物事に取り組むべきですし、「これは明日でもできるから、明日すればいい」ではだめで、「今日できることは今日しておく」べきなのです。

――なんて偉そうに書いておいて、片付けたり処分したりしなければならないものすべてに手をつけているわけではありません。本当に、「あの荷物を残したら大変だ」という状態で……。

ご都合主義的な言い分ではありますが、それでも、毎日の生活で最善を尽くし、後悔のないように過ごしたいと思っています。

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April 07, 2011

* 「根を下ろす場所」はどこ?

もう5年くらい前になりますが、当時参加した「国際女性ビジネス会議」で、教育をテーマにした分科会に参加しました。そこで、「男性にはもっと地域社会に関わってほしいけれど、仕事に時間も気持ちも取られすぎてしまっていて、関わる余裕がない」という話になりました。そのために、地域社会が立ち行かなくなっているのだそうです。もっと仕事以外のことに使える時間を持つべき、という流れになった覚えがあります。

実はその前に参加した分科会が、ワーク/ライフ・バランスに関するものでした。そこでも結局、仕事一辺倒に対する疑問が出されていました。なので、「ああ、社会の問題はこうやってつながっているんだなあ」と思ったので、よく覚えています。

年功序列や終身雇用制が失われつつある社会で、自分が勤める組織にばかり入れ込んでも、労力と比較すると見返りが少ないと思います。そういうそろばん勘定を好まない人もいるかもしれませんが、一般的には会社に寝泊まりまでしている、という人はまずいないでしょうから、自分に関係している場所がほかにどこにあるか、考えてみたほうがよいと思います。

そうすると、住んでいる場所や家族とのつながりも、軽視すべきではないでしょう。「家庭を持っている男性」を意識しているのでこのように感じましたが、独身で一人暮らしとなると、また事情は違うだろうとは思います。

地震をきっかけに、いろいろと考えた方もいるでしょう。「帰宅難民」が話題になりましたが、そうやって戻った住処で、そこに根付いた生活をしているでしょうか。平時でも地域社会が立ち行かなくなっていると言われているのですから、災害時にはなおさらです。

どこで見聞きしたか忘れたのですが、小学校のPTAでも、下町では「学校と協力して、子供のための環境を作ろう」という考え方ですが、ベッドタウンでは「学校はどんなサービスを提供してくれるのか」という考え方になることが多い、という話がありました。

たぶん、地域社会に対しても、「自分に利になることがないから活動に消極的」ではなく、「よりよい地域社会を作るために活動する」という姿勢が必要になるのではないかと思います。

話があちこちに飛んでしまいましたが、これからは、会社だけでなく地元にもしっかりと根を下ろした生活が、大切なのではないかと思います。

uriel_archangel at 23:19 | 日々の記録 
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February 19, 2011

* 必要なのは、iPhoneやiPadではなく……

iPhoneやiPadがいいなあ、でもAndroid搭載のものも気になる……とあれこれと考えているうちに、自分の中で結論が出ました。結局、今まで仕事で使ってきたWindows機(のサブノート)が、私が持ち歩くのに一番向いています。

私の場合、「生活を豊かにする」目的、というとあいまいですが、使って楽しいアプリとか、TwitterやFacebookと連携がしやすいとか、そういうことのためにモバイルの端末が必要ではないのです。それは、確かにあればうれしいです。でも、今持っているN-02Cでできる範囲で十分だなあ、と思います。

iPad(か、あわよくばiPhone)で、どの程度自分が家でやっている翻訳の仕事ができるのだろう、と考えたときに、とてもハードルが高かったのです。

私は英語・ドイツ語で翻訳の仕事をしていることもあり、あれやこれやと辞書アプリが必要になります。英語(英和)はかなり充実していますが、ドイツ語(独和)はモノが少ないし、さらに英独・独英辞典も必要です。仕事の合間に見ているから、というのもありますが、しっかりした辞書というのが見つからなかったのです。もしかしたら、英独・独英は、オンライン辞書のほうが便利なのかもしれません。

――でも、それには追加の出費が必要ですし、充実している英和辞典も、いちいちアプリを購入しなければなりません。Windows環境であれば、そういう追加の出費の必要なく、翻訳に必要な環境が構築できます。

そもそも、SST G1を考えると、Windows以外にないよなあ、という結論に達します。ここで、OSに依存しないクラウド方式の字幕制作ソフトが世に出れば話は別ですけれど……。

というわけで、今、私の中で「これかなあ」と思っているのが、(またまた)LenovoのIdeaPadです。Windows7 Home搭載のものがあるし、いちおう会員登録しているので、それなりの割引価格で入手できます。サブなのでMicrosoft Officeにこだわらず、OpenOfficeを使えば(Google Docsもかな?)WordやExcelの文書も見られます。

SST G1を動かすには、ちょっとパワーが足りないかもしれませんが、それ以外の作業はこれでだいぶ可能ではないかと思います。

確かにThinkPadのXシリーズも魅力的ですが、マシンパワーならぬお財布パワーがちょっと足りません……。あと、「いつでも持ち歩く」には、ちょっと大きいかな、と思います。

で、これにWiMAXを組み合わせたら、どこでも(私の行動範囲内なら)モバイルで仕事ができるなあ、という結論に達しました。たぶん、iPhoneやiPadを導入するのと、合計の金額も変わらないのではないかと思います。

子どもの関係で出かけることもあるので、「仕事があるから」と動けない言い訳にならないように……という言い訳で(汗)、サブノートの導入を考えようと思いました。

最初に「いいなあ」と思ったiPhoneやiPadに比べると、「いつでも気軽に」ではありませんが、それはN-02Cである程度できるし、何より自分の生活で必要なものを補えるかどうかが重要だなあ、と感じました。

uriel_archangel at 08:58 | ネットやPC関連 
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