京のかたな展

November 02, 2018

* 特別展 京のかたな−匠のわざと雅のこころ ―

偶然翻訳祭の日程がこの特別展の会期に重なったので、「これは見に行くしかない!」と、前売り券を購入し、「わくわく」と楽しみにしていました。夜行バスを使うので、平日朝早くに京都に着くのも有利です。

宿泊予定のホテルに荷物を預け、朝食もいただいて、博物館に向かいます。時計を見ながら移動していたわけではないのですが、8時45分くらいには博物館に到着していたと思います。予想外の人出でした。私の感覚でこれに近い人出だったのは、まさに東京国立博物館での「鳥獣戯画展」です。鳥獣戯画展の方が人数は多かったとは思いますが、それにひけを取らない並び方でした。

鳥獣戯画展はどうしても巻物に人が集中してしまいましたが、「京のかたな展」では会場にまんべんなく人がいる感じなので、中に入ってからの混雑は、そんなにひどいとは感じませんでした。もしかしたら、開館前から並ぶ熱心な刀剣ファンは多いけれど、そこに追加して鳥獣戯画展のように続々と詰めかけるほどの動員はないのでしょう。とすると、トータルでは「印象派の展覧会」くらいかもしれません。

時間が足りないので、三日月宗近や圧切長谷部など、最前列で見るのをあきらめたものは数多くあります。とにかく数が多いので、単眼鏡も駆使してじっくり見ていたら、余裕で1日を会場で過ごせると思います(空腹でひっくりかえりそうですが)。

ひとつひとつの刀をじっくり鑑賞して論じられるほどの知識はないのですが、今回の展示で三日月宗近をはじめとする初期の太刀の形は優美だと思いました。実際に持ったら違う感想かもしれませんが、軽やかな感じさえします。武器らしくないなあ、と思いました。

私はヨーロッパ旅行で中世(近世もあるかも)の剣を目にする機会がありましたが、やはり日本の武器に比べると武骨というか、「斬る」より「(本体の重量も活用して)殴打する」を重視したものです。軽やかとか優美という言葉とは無縁の姿かたちで、日本の刀とは全然違います。

ヨーロッパの剣も戦闘で使用するという役割が薄れてからは美術工芸品だったとは思うのですが、造形そのものよりも、装飾(宝石で飾るとか)を重視したのかな、と思います。

そうやって優美に軽やかに作られていた太刀も、鎌倉〜室町時代となるとより威力を発揮できるような重厚な雰囲気になります。大太刀ともなると「本当に戦場でこれを振り回していたんだろうか……」という感想を抱くような大きさ(長さ)です。刃が届く範囲には近寄りたくありません。

打刀や短刀も多く展示されていました。とは言っても長さや身幅にバリエーションがあって、刀工だけでなく依頼主の好みや用途によってもさまざまなものが作られたのだろうと思います。「自分だったらどんな刀がいいかな」なんて考えるのも、面白いのではないかと思います。

時代が下るにつれ、新たに鍛えられた刀だけでなく、その時代の用途に合わせて過去の太刀を磨り上げたものも多くみられるようになります。展示の解説にもありましたが、当時の刀工が過去の作品を磨り上げることで研究し、自分の作品に活かしていたようです。

――ということで気になったのは、長義の刀を堀川国広が磨り上げて作ったという打刀です。国広はそれだけでなく、この刀の写しも作ったと解説にありました。うん、確かにこの切先の感じは、足利で見たことがあるような……。

ということで、まったく詳しくなくてもこれだけ考えが広がったのですから、詳しい人にはどれだけ魅力的な展示だったのだろう、と思います。Twitterで見ていると、京都や近県に在住の方が通いつめたくなる気持ちが分かります。詳しい人なら、見るたびに新たな発見があるでしょう。

私は図録を買い、コラボショップでグッズを買ったところで時間切れになりました。次の目的地にまっすぐ向かう予定が疲労と空腹に耐えきれずにお昼を食べたため、次の予定に遅刻してしまいました……。

uriel_archangel at 11:55 | 講演会・展覧会 
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