家族

April 17, 2014

* 家族のスケジュール共有にファミリークラウド Fammyを使ってみる

昨日から使い始めたばかりですが、なかなかいい感じです。

家族の予定をすり合わせる必要は、以前からありました。これまではその度に「○日の予定は?」と聞いていたのですが、いちいちメールしたり帰宅後に尋ねたりするのが、だんだん面倒になってきました。そんなわけで、「スケジュールを共有したいなあ」と思ったのです。

恐らく一番簡単なのは、Googleカレンダーを使う方法です。でも、Gmailを使っているのに加えて、スケジュールまでGoogleに教える必要もないわけです。

さて、どうしたものか……ということで、検索してみました。まず出てくるのは、サイボウズLiveです。これは確かに便利ですが、我が家の場合、別に掲示板を活用したいとかチャットをしたいというわけでもないので、これは機能が多すぎるかなあ、と思いました。

そこで、「家族向け グループウェア」と検索すると出てくる「ファミリークラウド Fammy」です。取りあえず、家族のスケジュールがカレンダーに書き込めればいい! という我が家には、これがぴったりです。

気になるのは、サービス開始という記事はたくさんヒットするのですが、実際に使っている人の感想があまり見られないことです。「まあ、あまりユーザーがいなくてサービス終了、となっても困るものではないから、これでいいか」ということで、早速登録してみました。

私が登録して家族のクラウドを開設し、ここにメンバーを追加します。子供は名前(とアイコン)だけ追加し、夫はIDとメールアドレスを登録して、ログインして編集できるようにしました。メンバーを追加してそこにメールアドレスとIDとパスワードを追加すると、招待メールが遅れます。

我が家は現時点では夫婦のスケジュール共有が第一なので子供がログインして編集できるようにはしていませんが、今後は方針を変更する可能性もあります。

今のところ、カレンダーに予定を書き込んでいるだけです。これだけでも、「ああ、この日は2人とも外出の予定があるのか」というのが一目でわかって便利です。「中間考査」などの、息子のスケジュールも書いていきます。

まあ、家で紙のカレンダーに書き込んでも同じなのですが、クラウドだと「どこでもチェック」できるのが便利です。フィーチャーフォンというかガラケーから見られるかは確認していないのですが、スマートフォンのブラウザからも閲覧できます。

スマートフォンからどの程度書き込みできるかは未確認です……。カレンダーに書き込んだ予定は、PCだとその予定に関係する家族のアイコンも表示されるのですが、スマートフォンから見た場合は表示されませんでした。入りきらないからでしょうね。

外出予定だけでなく、「この日は帰宅が遅くなるかも」というメモ的なことも書きこんでおけるので、いちいち「そのことは、前に話したんだけど……」ということもなくなるので楽です。

他にも機能があるので、使い方を調べて、便利なものであれば活用していこうと思います。

uriel_archangel at 11:55 | 時間管理 | ネットやPC関連
Permalink | Comments(0) | TrackBack(0)
 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 家族のスケジュール共有にファミリークラウド Fammyを使ってみる
 

April 16, 2013

* 自分も親も年齢を重ねると、物の見方が変わる

物語を書くのが好き、手紙を書くのが好き、でも日記は続かないのよね〜、という私にとって、これまでネット上であちらこちらに書いてきたものは、備忘録的な役割を果たしています。あまりに古すぎるとPC内にも残っていないかも、という状態なのですが。ともあれ、ダラダラと、ではあっても、こうやって書き続けていると、いいこともあるものです。

祖母が6年前に亡くなったときに、こんなことを書いていました(以前使っていたロリポップのブログにリンクしています)。このときに、「元気で長生きしないと、自分も周りも大変だ」と思いました。この当時は、まだ父も母も若かったので、あまり意識していなかったのですが……

最近は、「私も若くないなあ」と思うと同時に、「当然、両親もとっくに若くないんだよなあ」と思うようになりました。年齢だけの問題ではないのですが、みんなで薬を飲んでいるのですよね(汗) 私は今のところ、サプリメント以外は花粉症の薬だけなので、期間限定です。でも父は年がら年じゅう目薬だ〜、アレルギーの薬だ〜、とやっているし(それに加えてグルコサミン+コンドロイチンも……)、母も血圧だの中性脂肪だのと、お薬の世話になっています。

小さい字は読みにくくなっているし(私はまだですが……)、まだまだ元気ではありますが、とっさの判断力は、やはり年齢と共に落ちていると思います。

こうやって、「昔はなんの問題もなかったことが、だんだん難しくなってくる」様子を見ていると、昔は「どうして薬をシートごと飲むなんて事故が起こるんだろう。信じられない」と思っていましたが、今では「年取ると、何やるか分からないからね〜。薬をシートごと飲んでもおかしくない」と思うようになりました。

父や母が今すぐにでもそういうことをしそう、ということではないのですが、年齢を重ねていくのを見ていると、「いつかそういう事故が起きても不思議ではない」と思います。

私も私で、両親と同じだけ年齢を重ねています。やはり、だんだん「できないこと」「できるけれど大変なこと」が増えていくのだろうなあ、と思いますが、ミスが発生しないように注意しなければ、と思っています。

このところ外仕事でポカが続いているので、心からそう思っています(汗)

uriel_archangel at 17:31 | 日々の記録 
Permalink | Comments(0) | TrackBack(0)
 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 自分も親も年齢を重ねると、物の見方が変わる
 

September 14, 2012

* 時代も変わる 環境も変わる 人も変わる

私が中学・高校の頃は、父に「文化祭に来て!」とは言いませんでした。父は働き盛りで忙しいし(ちょうど景気も良かったし)、「お父さんが文化祭に来る」というご家庭も、そんなに多くなかったのではないかと思います。

でも、孫(というのは息子のことです)が「じいじ、文化祭に来てね!」と頼むと、行くと言うのですよね〜。小学校と違って、ふらりと歩いて行ける場所ではないのに。

父によると、私たち子どもは、「誰も来てくれ」と言わなかった、とのことです。いやいや、お父さんがそういう雰囲気じゃなかったよね、と、兄と話しました。父は、無頓着というと大げさですが、そんなに子供の教育や進路には口を出さなかったのです。

子供が8人いたからか、父方の祖父は、学費は出しても子供がどこの学校に通っているか、よく覚えていなかったそうです。父によると、さすがに誇らしかったからか、伯父が学習院大学に行った、というのは覚えていたようですが……。

父も、こういう感じでした。小学校の保護者会に行ったことはありますけれど、基本的に学校のことは母親の仕事でした。そういう時代だったというのもありますね。

でもそんな父も、孫が生まれるころには猛烈に忙しいということはなくなり、気持ちや時間に余裕ができたからか、とても息子(や甥っ子たち)をかわいがってくれます。

息子が幼稚園や小学校の低学年くらいの話ですが、リビングにいて、キャキャキャッと大騒ぎしながら息子とお風呂に入っている音が聞こえると、家族で「お父さんがこういう人だとは、思わなかった……」と、よく話していたものです。今はもう慣れました(笑)

父が孫の学校の文化祭に行く、と言うようになったのは、父の考えや気持ちが変わったというだけでなく、そういう時間が作りやすい年齢になったということもあるし、祖父母が行くのが珍しいことではなくなったという時代の変化もあるなあ、と思いました。

でも本当に、どこのご家庭でも、自分の子供時代と比べてみると、おそらく「おじいちゃん」の変貌ぶりに一番驚くのではないかと思います。ある意味「どうなるのかは、お楽しみに!」ですよ。

uriel_archangel at 22:49 | 日々の記録 
Permalink | Comments(0) | TrackBack(0)
 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 時代も変わる 環境も変わる 人も変わる
 

March 31, 2012

* 子どもがいるから成長できるし頑張れる

「子どもを産み育てるべし」という話にするつもりはありませんので、誤解なさらないようお願い申し上げます……。偶然、Facebookなどで、まったくつながりのない友人2人が、同じタイミングで、子供に関することを書いていました。それが私の頭の中で、化学反応を起こすというか、「ラインがつながった」感じになりました。

「子どもがいると大変」というのは、確かにあります。育てるのにお金はかかるし、時間も使います。趣味など、それまで自由にできたことも、ある程度制限が出てしまうのは避けられません。でも、「子どもがいてよかった」と思うこともあり、それが先ほどのマイナス点を補ってあまりあるものだと感じています。

子どもが生まれてすぐ、というわけではありませんが、「赤ちゃん」から「幼児」になったころに感じたのは、「大人も子供から学ぶことがある」でした。小さい子どもの純粋な考え方や行動に、はっとするというか、感心することが何度もありました。

確かに、大人には子どもを育てる役割があります。でも、だからと言って、それは「大人は必ず子どもよりも優れた存在であり、未熟な子どもを導かねばならない」ということではないのだなあ、としみじみ思いました。

これは考え方の問題かもしれませんが、そういう「大人は子どもから学べることもある」という視点で世界を見てみると、今まで気づかなかったことが見えてくるのではないかと思います。

そして、「子どものために」自分を変えようと努力できます。我が家の夫婦には、お互いに、子どもがいなかったらそのままになっていた短所があります。ぎくしゃくしつつもそのままでいられたかもしれませんが、子どものことを考えると、「このままではよくない」という結論に達します。子どもに迷惑をかけてしまうかもしれない、と思うのです。

なので、そういう短所が少しでも改まるように、努力します。「まったくの別人になった」というレベルではないのですが、以前に比べたらだいぶ克服できているのではないかと思います。

先ほどの例も「頑張る」ですが、もっと分かりやすく、「子どもにより良い教育を受けさせよう」とか、「一緒に出かける時間や費用を作ろう」とか、そういうことのためにも頑張れます。我が家の場合は、子供がいなかったら、ここまであれやこれやで頑張っていないのではないか……と思うくらいです。

「頑張る」という表現が常にいいもの、肯定的なものとは限らないので、別の言い方を考えると、「子どもはいるだけで支えになってくれる」というところでしょうか。簡単にあきらめるのはやめよう、と思えるのです。

こうやって書いているうちに、「子ども(次の世代)を育てる」だけでなく、その行為を通じて「大人が成長する」というのが、人間の特徴なのかな〜、と思いました。

uriel_archangel at 23:52 | 日々の記録 
Permalink | Comments(0) | TrackBack(0)
 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 子どもがいるから成長できるし頑張れる
 

August 28, 2011

* 8月にたくさん仕事をした理由が分かりました

実はとても単純なことだったのですが、そういうことを考えずに過ごしていたので気づきませんでした。

来年中学受験を予定している息子は、夏休みは塾の夏期講習で忙しく、「家族でどこかに出かける」ということも思いつかないくらい余裕がありませんでした。そんなことをしているヒマがあったら、予習や宿題をしなければ、という感じです。

塾のスケジュールが、土日が必ず休みというものでもなく、私の事務仕事のスケジュールとも合わなかったので、本当に「すれ違い」生活です。

そんなわけで、出かける予定もほとんど入れられず、結果として仕事の打診があると「はい、できます」とお返事して、8月はもくもくと仕事をしていた、というわけです。逆に、これが学校のある期間だと、ここまで仕事を入れられなかったかな、とも思います。

今は講習も一段落して、息子は学校の宿題や塾の通常スケジュールへの準備をしているところです。

――で、月曜日はワシントン・ナショナル・ギャラリー展に行こう、と話をしていたのですが……。仕事をキュキュッと入れてしまいました(汗) 会期が来週月曜日までなので、今週行かないと永遠に行けなくなってしまいます。

というわけで、出かける時間までに仕事を終わらせるべく、今夜も頑張ります。

uriel_archangel at 20:48 | 日々の記録 
Permalink | Comments(0) | TrackBack(0)
 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 8月にたくさん仕事をした理由が分かりました
 

March 10, 2011

* 「父兄会」追放運動実施中

――と言っても、ただ個人的にこの表現を使わないように気をつけているだけです。特に何か活動をしているというわけではありません。

小学生のころだと思うのですが、父か母に、「どうして『父母』ではなくて『父兄』なのか」と尋ねたことがあります。おぼろげな記憶によると、その表現が気になったのは『ブラックジャック』を読んでいたときのようです……。

そのときの返事は、「昔は、父親の次に子供の保護者の地位にあるのは、母親ではなく兄だった」というものでした。でも今は、そういう考え方ではなくなったから、「父兄」ではなく「父母」と言うのだ、とも言われました。

そうなのか〜、と思った私は、「父兄」とは言わず「父母」、「父兄会」とは言わず「父母会」と言っています。とは言うものの、学校から配布されていたプリントには、父兄という表記がされていた記憶はありません。そもそも「父母」という表記でもなく、「保護者」だったように思います。つまり、「父兄会」でも「父母会」でもなく、「保護者会」です。

でも、ネットでいろいろな人の書いているものを見ていると、意外と「父兄」という表現を普通に使う人が多いです。こういう表現は昔からの習慣というか、慣れのようなものがあるので、「母親は保護者ではない」と思っているから「父兄」というわけではなく、そういうことを意識せずに使っているのだろうと思います。

なので、「父兄」ではなく「父母」です! と声を大にして主張するつもりはありませんが、違いを意識する人が増えるといいなあ、と思っています。

ただ、書いていて思ったことがあります。戦後に、こうやって母親が「保護者」として認められるようになったわけです。でもその途端に、育児の全責任を負わされているような気がしてなりません。

深い主張を書こうと思ってこのエントリーを書いたわけではないですが、もっと突き詰めると、思った以上に奥の深い話になりそうです。

uriel_archangel at 09:07 | 日々の記録 
Permalink | Comments(0) | TrackBack(0)
 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 「父兄会」追放運動実施中
 
Profile

REMI

REMI on Twitter
Message to REMI

REMI宛てに非公開のメッセージを送信できます

名前
メール
本文
Recent Comments
QRコード
QRコード