展覧会

November 04, 2018

* 平成30年秋季特別展「酒飯論絵巻−ようこそ中世日本の宴の席へ−」

これもTwitterで知った展覧会です。面白そうな内容なので行ってみました。茶道についてはまったく詳しくないので、なぜこういう展示を茶道の資料館で行うのか、までは考えていませんでした。

そんな状態ですが、展示は興味深く見ました。
酒飯論絵巻(しゅはんろんえまき)は、酒が好きな「造酒正糟屋朝臣長持(みきのかみかすやのあそんながもち)」、飯と茶を好む「飯室律師好飯(いいむろりっしこうはん)」、酒も飯もほどほどを良しとする「中左衛門大夫中原仲成(ちゅうざえもんのたいふなかはらのなかなり)」という3人が言葉をつくして「酒」と「飯」について「論」じ合う物語に、3人がそれぞれご馳走をふるまう絵がつけられたものです。
ということで、それぞれが好きなタイプの宴会が描かれています。酒好きの宴会は酔っぱらって大変なことになった人々が続出しています。ご飯とお茶が好きな人の宴会では山盛りのごはんが供されて、もりもりと食べています。どちらもほどほど、という場合は、あまり極端に走らずに楽しんでいます。

この絵巻を見ていて興味深かったことが2つあります。1つはもちろん、器はどういう形だったか、調理はどのように行われたかなど、当時の生活(宴会なので、日常ではないでしょうけれど)が生き生きと描かれているところにあります。先ほども少し書きましたが、酔っぱらうと今も昔もそんなに差はないんだな、という感想を抱きます。

そして、この「酒飯論絵巻」はいくつかの写本が存在するそうですが、その中の4種類を取り上げ、ポイントとなる部分を比較しています。これが、私にはとても興味深いものでした。原本に近い、または原本そのものとされる文化庁所蔵の版は、着物の柄や器に盛られた料理が詳細に書き込まれているのですが、それ以外の版では着物の柄が少し違っていたり、器に盛られた料理の描写が大雑把になっていたりするのです。

例えばですが、茶臼の細かいパーツが、時代が下るにつれて形が変化するために、原本通りに描かれなくなっています。文化庁の版では調理をする人物の足が見えている絵も、底本とした版で足が描かれていなかったからか、比較的再現性が高いものでも足が描かれていないものがあります。後世に色が塗りなおされ、もとは茶色だったお酒が別の色で描かれたり、器の色味が変わっていたりします。

このような小さな差から、どちらが古いか、どれが原本かを考察する作業は、まさにパズルという感じです。もちろん絵柄だけでなく、絵具などの科学的な鑑定も入るでしょうけれど。しっかりとした図録も販売されていて、そういう細部の比較なども面白そうだったのですが、正直なところ荷物はもう増やせないな、という状況だったのであきらめました(自宅もそうですし……)。

それと、私自身が茶道に詳しくないのもありますが、茶道の懐石料理で現在使われている銚子(徳利ではありません)の歴史的な変遷なども紹介されていました。そういう方面が分かる人だともっと面白いのかな、と思います。

実はこの展覧会にはお茶券もついていまして、お茶(抹茶)とお茶菓子をいただけました。

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茶道とは縁のない私も、ゆっくり楽しみました。周辺には茶道具のお店もあり、「表千家も裏千家もあるし、このあたりはそういう人が集うエリアなんだなー」という印象を持ちました。

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November 03, 2018

* 本能寺刀剣展 2018秋

この記事を書いている時点で、刀剣展についての情報はこちらのページに掲載されています。

この展覧会は、Twitterで「勉強になる」とTLに流れてきました。宿からも行きやすい場所にあったこrもあり、せっかくなので朝いちばんに行ってみました。もちろん参拝もして

本能寺の大賓殿宝物館での展示でした。最初に入るフロアが刀剣展で、本能寺と縁のある刀剣が展示されていました。森蘭丸の大太刀と伝わる刀もありました。「こんな刀があったのか」と印象に残ったのは、織田信長が命じて磨り上げ、南蛮風の拵えにしたという太刀でした。

由緒ある太刀を無銘にすることに信長の意図があったようです。そこで磨り上げた人物が、目立たないところ(鍔の裏だったか)に、今は無銘であるが、だれそれが磨り上げ、これこれこういう太刀である、とこっそり刻んでいます。依頼主(信長)の意図を無視する行為ですから、命がけだったようです。

「京のかたな展」で仕入れた情報によると、磨り上げて本来の銘を失った場合は、磨り上げた人物が先ほど上の段落で書いたような由緒を銘にします。後世の鑑定というか、判断されたものは朱銘にするそうです。先ほどの刀はそれができなかったもの、ということです。

このように歴史的な刀もあれば、現代の刀工が手がけた刀も展示されていました。

そして、次のフロアは「日本刀が学べる展」ということで、刀ができるまでを詳しく説明しています。玉鋼を鍛える方法など、模型か実物かは分からないのですが、見て分かる資料とともに段階を追って展示しています。また、さまざまな時代を代表する刀剣の等身大の模型も展示されていて(自由に触っていいそうです)、時代とともに変化する様子を知ることができます。

さらに、三日月宗近や五虎退などの押形とともに、刀剣鑑賞で必要となる用語の解説もありました。とても分かりやすかったです(と言いつつ写真を撮らなかったので紹介できないのですけれど)。

こういう感じなので、スケジュールに余裕があるなら、本能寺刀剣展を見てから京のかたな展に行くと、より理解が深まるのではないかと思います(個人の感想です)。

ところで、ちょうど私が行った日から、森蘭丸の大太刀の押形が押印される期間限定の御朱印が始まっていました。

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運がよかったです。

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November 02, 2018

* 特別展 京のかたな−匠のわざと雅のこころ ―

偶然翻訳祭の日程がこの特別展の会期に重なったので、「これは見に行くしかない!」と、前売り券を購入し、「わくわく」と楽しみにしていました。夜行バスを使うので、平日朝早くに京都に着くのも有利です。

宿泊予定のホテルに荷物を預け、朝食もいただいて、博物館に向かいます。時計を見ながら移動していたわけではないのですが、8時45分くらいには博物館に到着していたと思います。予想外の人出でした。私の感覚でこれに近い人出だったのは、まさに東京国立博物館での「鳥獣戯画展」です。鳥獣戯画展の方が人数は多かったとは思いますが、それにひけを取らない並び方でした。

鳥獣戯画展はどうしても巻物に人が集中してしまいましたが、「京のかたな展」では会場にまんべんなく人がいる感じなので、中に入ってからの混雑は、そんなにひどいとは感じませんでした。もしかしたら、開館前から並ぶ熱心な刀剣ファンは多いけれど、そこに追加して鳥獣戯画展のように続々と詰めかけるほどの動員はないのでしょう。とすると、トータルでは「印象派の展覧会」くらいかもしれません。

時間が足りないので、三日月宗近や圧切長谷部など、最前列で見るのをあきらめたものは数多くあります。とにかく数が多いので、単眼鏡も駆使してじっくり見ていたら、余裕で1日を会場で過ごせると思います(空腹でひっくりかえりそうですが)。

ひとつひとつの刀をじっくり鑑賞して論じられるほどの知識はないのですが、今回の展示で三日月宗近をはじめとする初期の太刀の形は優美だと思いました。実際に持ったら違う感想かもしれませんが、軽やかな感じさえします。武器らしくないなあ、と思いました。

私はヨーロッパ旅行で中世(近世もあるかも)の剣を目にする機会がありましたが、やはり日本の武器に比べると武骨というか、「斬る」より「(本体の重量も活用して)殴打する」を重視したものです。軽やかとか優美という言葉とは無縁の姿かたちで、日本の刀とは全然違います。

ヨーロッパの剣も戦闘で使用するという役割が薄れてからは美術工芸品だったとは思うのですが、造形そのものよりも、装飾(宝石で飾るとか)を重視したのかな、と思います。

そうやって優美に軽やかに作られていた太刀も、鎌倉〜室町時代となるとより威力を発揮できるような重厚な雰囲気になります。大太刀ともなると「本当に戦場でこれを振り回していたんだろうか……」という感想を抱くような大きさ(長さ)です。刃が届く範囲には近寄りたくありません。

打刀や短刀も多く展示されていました。とは言っても長さや身幅にバリエーションがあって、刀工だけでなく依頼主の好みや用途によってもさまざまなものが作られたのだろうと思います。「自分だったらどんな刀がいいかな」なんて考えるのも、面白いのではないかと思います。

時代が下るにつれ、新たに鍛えられた刀だけでなく、その時代の用途に合わせて過去の太刀を磨り上げたものも多くみられるようになります。展示の解説にもありましたが、当時の刀工が過去の作品を磨り上げることで研究し、自分の作品に活かしていたようです。

――ということで気になったのは、長義の刀を堀川国広が磨り上げて作ったという打刀です。国広はそれだけでなく、この刀の写しも作ったと解説にありました。うん、確かにこの切先の感じは、足利で見たことがあるような……。

ということで、まったく詳しくなくてもこれだけ考えが広がったのですから、詳しい人にはどれだけ魅力的な展示だったのだろう、と思います。Twitterで見ていると、京都や近県に在住の方が通いつめたくなる気持ちが分かります。詳しい人なら、見るたびに新たな発見があるでしょう。

私は図録を買い、コラボショップでグッズを買ったところで時間切れになりました。次の目的地にまっすぐ向かう予定が疲労と空腹に耐えきれずにお昼を食べたため、次の予定に遅刻してしまいました……。

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October 04, 2018

* 企画展「標本づくりの技(ワザ)−職人たちが支える科博−」

こちらも気になっていたので、昆虫展の後で入ってみました。場所は日本館1階、地下1階だとラウンジがある場所の上にあたる企画展示室です。

昆虫展で見た昆虫も、常設展で見ているあれやこれやも、すべてこういう標本資料がベースになっています。それを作成するのが、決して表には出てこない職人(とも呼べる人)たちなのです。そういう地味で大切な作業と、それを行う人たちにスポットライトを当てた展示でした。

植物の腊葉(さくよう)標本(押し葉標本)は、種類によってはお湯で煮ると、立体的なもとの姿に戻せるそうです(煮戻し)。ホットプレートや電子レンジで加熱すると書いてありますから、そういう方法もあるのでしょう。その後もまた押しつぶして乾燥させると、再び保存ができる状態になるそうです。そういうものだったとは、知りませんでしたー。

詳しい説明が書かれたパンフレットがあるのですが(無料)、その表紙に
収集された自然物や科学技術の産物などの「モノ」を研究、修造あるいは展示などの目的に合わせて「標本化する」ことによって、初めて「モノ」は「標本」としての命を獲得する。
「標本」とは、博物館などが、自然界に存在する様々なものを多種多様な目的に沿って全体の中から取りだし、観察・調査する対象の一部を構成するもの。
とあります。

当然ながら、保存状態も大切です。20世紀初頭に「伝インカ帝国のミイラ」として寄贈された子どものミイラ標本(子どものときに見た覚えがあります〜)も、単なるペルーの「子どものミイラ」だったのが、時代が下るにつれて調べられることが増え、今ではインカ帝国末期〜植民地期に人為的に作られたミイラ、ということがわかったそうです。今後はDNA分析などもできることから、さらに詳しいことが分かるのではないか、ということです。これは、保存状態が悪かったらできないことです。

そのほか、化石のレプリカを作る過程や、動物標本の種類や最先端の3Dプリンターを利用した剥製の作製技術、人骨修復なども見ることができ、決して規模は大きくありませんが、非常に興味深い展示でした。博物館を支え、未来の人々に貴重な標本を残すためにも、この作業の重要性を多くの人々が知ることは大切だと思います。

この展示は、博物館の裏側を描いた漫画『へんなものみっけ!』とコラボしています。展示室でも試し読みの小冊子を配布していました。作者の早良朋さんは、国立科学博物館で実際に標本を作っていた経歴を持つそうです。

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October 03, 2018

* 特別展「昆虫」

ぽっかりとスケジュールが空いたので、今日がチャンス! とばかりに行って参りました。実は、今週が最後のチャンスなのです。

10月の平日ということで、予想通りそれほど人出は多くありません。見学はしやすかったのですが、思った以上に小さいお子さんを連れた親御さんがいました。我が家の息子は虫が苦手なタイプなのですが、虫が好き、という人には、何度行っても楽しめる場所かもしれません。

私は昆虫がとても好きというタイプではないので、最初の模型のところで「ほー」となっていました。なんというか、模型のイメージするのが「大きなものを何分の1スケールで模型にする」なので、「実物の○倍サイズの模型」はすごいなあ、と思いました。「ハチって、こんなに毛が生えてるんだ!」という発見がありました。それと、クワガタの平たい感じも際立ちますね。

そして、昆虫の多様性ということで、いろいろなところに住むいろいろな種類の昆虫が展示されています。林の中で見られる昆虫は、光があまり届かない場所ということで、あまりカラフルではない、それどころか人間の目には地味に見える、というのは大きな発見でした。

それと、南国の昆虫と聞くと大きいものを連想しがちですが、小さいものもいるのですね。北(寒いところ)に行くほど大きさのバリエーションが少なくなりますが(ベルクマンの法則)、南(暖かいところ)は大きいものから小さいものまで生きていける環境なんだなあ、と実感します。

そういう多様性を超えて、「なんでそんな格好になったの?」という昆虫たちも展示されていました。美しい羽を持つモルフォチョウもいましたが、不思議な姿をしたツノゼミの標本も興味深かったです。ツノゼミ自体は小さいので、拡大した図を見て「へーえ」と感心していました。ロクロクビオトシブミも「なんでそんなに長い首になったの?」という不思議な姿をしています。

そして、閲覧注意の「Gの部屋」に入ります。中学高校の文化祭の生物部の発表のように、そこらへんで捕まえたと思われるGが入っていたら話は別ですが、ここで見られるのは都会では見られない(日本にいないのもいるかな?)、あまりGっぽくないGでした。Gとしては、そういうもののほうが主流だそうです。そのGの1種類を見ていて、「あれ、もしかしてJamiroquaiの"Virtual Insanity"に出てくるGってこれかな?」と思いました。たとえが古くてすみません。

昆虫の興味深い生態も紹介されていました。アリを利用する昆虫にはいろいろ種類がいて、どう利用するかもその種類それぞれで、興味深いなあと思いました。かわいらしい漫画で紹介されていました。ニホンミツバチの蜂球の映像も見られましたよ。

そして、夏休みのお子さん向けという感じで、「昆虫研究室」(どう捕獲し、どう標本するか)にも結構なスペースを割いていました。ノムラホイホイというわなが、中に入れるものを変える(だけでなく設置場所も変える)といろいろと捕まえられてよいそうです。検索してみたら、科博のサイトに作り方使い方がありました。

そして、科学博物館が所蔵する、または著名な研究者が所蔵する標本が、たくさんありました。標本を作製し、保存する手間を考えると、在野の研究者の存在はとても大きいなあ、と思います。最先端の保存技術やデータ取得で得られた3D昆虫も見られます。

この展示のために発見したセイボウの一種に名前をつけよう、という企画もあり、ものすごーく、昆虫好きな子たちに「きみも今日から研究者!」というメッセージを送っているなあ、と感じられる展示でした。つまりは「昆虫好きの昆虫好きによる昆虫好きのための展示」ですね。何回見ても新たな発見があって、恐らくリピーター状態だったお子さんもいることでしょう。

こういう展示を見てますます昆活にいそしんだ子のなかから、未来の研究者が生まれるんだろうなあ、と思いました。

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September 15, 2018

* [世界を変えた書物]展

会期が短かったので、今後の予定を考えると、これは今週しか行ける時間が取れないな、ということで行ってまいりました。実は初めての上野の森美術館でした。私にとっては異色の展示会でした。
本展では、金沢工業大学 が所蔵するコレクション“工学の曙文庫”から選りすぐられた稀覯書の数々を、わかりやすく展示公開します。
ということで、関連した実験器具などの展示はなく、ひたすら本を見る展示でした。

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最初の部屋は、こんなふうにたくさんの本が並べられていて、幻想的な空間になっていました。人が途切れることがなかなかなくて、慌てて撮影したのでちょっと曲がってますね……。

当然と言えば当然なのですが、展示されている本は本当に有名な学者のものが多く、理系は専門外の私でも名前を知っている人物ばかりでした。というか、「この人はこういう研究もやっていたのか」という発見もありました。

そして書物を紹介する展示では、下に鏡が置かれているので装丁も見ることができました。古いものほど凝った装丁で、現代に近づくほどあっさりとした作りになるのが興味深かったです。活版印刷は大きな変化ですが、本の流通の方法も、また時代によって変化しているのですね。

昔は、いろいろな分野に精通した人が多かったのだなあ、と思いました。例えば、ゲーテと言えば作家として知られていますが、外交官でもあるだけでなく、今回の展示でもあったように、色彩(光)に関する著作もありました。それと、ヤング率で有名なヤングも実は医師で、やはり光に関する著作がありました。

また、当然ながら出版と同時代の人物の著作だけでなく、活版印刷の初期には古代〜中世の重要な著作が出版されました。そのような人物としてウィトルウィウス、エウクレイデス(ユークリッド)、アルキメデス、イシドールスが挙げられます。活版印刷の出現以前は写本という方法しかなかったわけですから、活版印刷がどれだけ知識の普及に貢献したかを実感します。

そして当然ながら、そうやって普及の機会が増えると、どのような言語で書かれているかが重要になります。

20180914b20180914c

解説部分も撮影したのですが、見にくいかもしれません。
ステヴィンは16世紀の偉大な科学者のひとりだったが、著作をオランダ語で書いたので、その影響は地方にとどまった。
国境を越えて人々に自分の著作を知ってもらうには、当時はラテン語で書かなければなりませんでした。でも彼にそういう思いはなく、自分の周囲にいる人々に教えたいと思ったので、世俗の言葉のみで記したのかな、と思います(真相は分かりませんが)。

現代でも、英語で論文を書かないと書いたと認識されない、というような話があるのを思い出しました。

最後のショップでは、家族のおみやげにトートバッグを入手して帰宅しました。

現代ではそういう意義はあまり強調されませんが、出版は新しい知識や思想を広めるということで、かなり「とんがった」職業であり、時代によっては(日本でも)印刷・出版の業者は権力者から取り締まられたりしたそうです(今回の展示では、そういう側面には触れられていません)。そういう歴史を思いながら見ると、また別の感慨を覚える展示でした。

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May 12, 2018

* プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光

行ったらすぐ書く、を今年の目標にしています。展覧会に行ったときしか書いてないとか言わないこと。会期の終わりも近いし土曜日だしで、なかなかの人出でした。でも、先月の平日に行ったビュールレ展と同じくらいかもしれません。展覧会専用ショップの混雑は、確実にあちらのほうが上でした。

今回の展覧会は、公式サイトによると
プラド美術館の核であるベラスケスと17世紀絵画のコレクションを網羅的に紹介する構成
とのことで、この時代を代表する作品を存分に楽しめます。

宗教画だけでなく、異教の神話をモチーフとしたもの、宮廷の人々の肖像画、静物画、風景画など、さまざまなジャンルの作品がありました。やはりというか、この時代のスペインはネーデルラントを支配していたので(しっかり覚えているわけではないので、独立した頃かもしれませんが)、フランドルの絵画も所蔵しているのですよね。

私にとっては、フランドルの特徴を持つ絵画とバロック絵画を同時に楽しめる展覧会でした。これは個人の感想で、展覧会そのものはフランドル絵画推しというわけではないです。ルーベンスの作品もいくつかあったし、フランドル絵画らしい油彩の小さな絵もあった、という程度です。「フランドル地方とスペインのつながりが感じられた」というほうが適切かな。

宮殿や離宮に飾るということか、大きな作品が多いのが印象的でした。単眼鏡を持って行ったのですが、遠くから見る作品ということもあって、そんなに活躍はしませんでした。ですが、タッチの違い(細かく描きこむか、そうでないか)を詳しく見たいというときには役立ちました。

この展覧会はありがたいことにミニサイズの図録があって購入したため、マグネットや絵葉書などは購入しませんでした。大きな図録は、スペースの問題もあってなかなか購入できません……。電子書籍になりませんかね〜。DVDでも可!

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それと、せっかくなので展覧会特製のトートバッグも購入しました(刺繍が入っているもの)。ちょうど、A4が入るマチのないバッグを探していたのです。サブバッグが必要なお出かけのときに使おうと思います。

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April 19, 2018

* 至上の印象派展 ビュールレ・コレクション

最近、展覧会のことしか更新していないですね……。今週の「ぶらぶら美術・博物館」を見て、「これは行かねば」ということでよくよく調べたところ、大型連休明けに会期が終了すると分かりました。そこで、今のうちに行っておくしかない、ということで行ってきました。

前回のブリューゲル展は「もったいないなあ、見に来ないなんて」という感想でしたが、今回の感想は「印象派って人気なのね……」でした。

人が作品の前にぎっしりで近寄れない、ということはありませんが、ポイントポイントの絵(音声ガイドがついている絵とか……)で人が多くなります。見やすい場所で見る、というのは不可能ではありませんが、かなり難しいです(時間がかかるので)。

でもこんなときに役立つのが、単眼鏡です! 今までにも書いていますが、遠くからでも筆づかいが確認できますよ。それと、単眼鏡で狭い範囲を見ることで、全体を大きく見ていては気づかない細部にも目が向きます。これもなかなか面白いです。

あと実は、絵に顔を近づけても、視力というか、目の能力の関係で細部がくっきりと見えるわけではないので、単眼鏡でばっちりピントを合わせて見るのは本当に役に立ちます。

ご多聞にもれず、今回も音声ガイドを聞きながらの見学でした。目利きが集めたコレクションだけあって(ここらへんはテレビから得た情報です)、富豪がただお金にあかせて集めたコレクションのような「なぜ唐突にこの絵があるんだ」というものはありません。フランス・ハルスの絵は、時代は離れていますが印象派につながる絵だし、アングルの絵も印象派の前の時代を代表する絵です。

同じヴェネツィアの風景を描いた作品でも、カナレットの細部の描写と、シニャックの点描による描写の違いを楽しめます。もちろん、単眼鏡が大活躍でした。

有名な作家の「この人らしい」という作品ばかりが並んでいました。ゴッホは、初期のオランダ絵画の影響が大きい暗い感じの色彩の絵から、パリに出て印象派に影響されて描いた絵、アルルで入院中に描いた浮世絵の影響が見られる絵、オーヴェール・シュール・オワーズで描いた絵とそろっていました。「このコレクションだけでゴッホの生涯がたどれる」と感心しました。(ただ、隣の部屋から入ると晩年の絵が近くにあるのでそちらから見学してしまい、逆からたどっていた人も多くいました。それがちょっと残念でした)

展覧会のメインビジュアルである、ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンベール嬢」は女の子のかわいらしさが全開という感じで、「親も本人も、こんなにかわいらしく描いてもらってなんの不満があるんだろう」と思いました。こういう春のみずみずしい美しさを、文章で表現するのが好きなんですよね〜。そういう、「この姿を表現するなら、どういう言葉を使えばいいのかな」というのを考えたくなるような、緑に包まれ、光に満ちた美しい絵だと思いました。

そして、1950年代まで生きていたビュールレは、印象派の後に続く、フォーヴィズムやキュビズムの絵も収集していました。本当にぬかりなく収集しているなあ、という感じです。そして最後の部屋は、撮影が可能でした! モネの「睡蓮」です。

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なんで絵の上の空間部分が大きいかというと、絵の下は頭、頭、頭……だったからです(スマホやタブレットも多数)。そういうものが入らないように撮影すると、こういう感じになりました(スマホを高く掲げて撮影しました)。

こうして絵を見終えて、印象派の人気を実感したのは最後のショップです。欲しいものに手がなかなか届かないのです! しかも、レジも長蛇の列……。かわいいイレーヌちゃんはマグネット・絵はがき・クリアファイルで入手し、ロートレックの"Confettis"はマグネットを入手しました。

今年は頑張って展示会に行きます。そしてもうちょっとブログも更新しなければ。

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March 14, 2018

* ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜

ほぼ1か月ぶりの展覧会、そしてやはり1か月ぶりのブログ更新となりました。最初に言いたいのは、「この展覧会を見に来ないなんて、もったいない!」です。思ったより人が少なかったのです……。

確かに、「これぞブリューゲル」というような大作や有名な作品が来ているわけではありません。でもこの展覧会を見れば、ブリューゲル一族の作品の特徴や当時流行した作風が分かります。他の展覧会とも関連した「ああ、これはあのときに見た絵と同じだ」というのもあり、点と点でしかなかった知識がつながるのは、とても面白いものです。

たとえば、ノアの箱舟を描いた作品では、さまざまな種類の動物や鳥が描かれています。これは、先月見に行った「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」で見た、ルドルフ2世が収集した珍しい動物を、画家が観察して描いたと思われる絵(オルフェウスの絵だったと思います)を思い出します。

当時の貴族(領主?)階級の人々の間で、「驚異の部屋」が流行したというのは、今回の展覧会での音声ガイドでも言っていました。「種を蒔く人のたとえのある風景」も、やはりルドルフ2世の展覧会で見たような?

今回の展覧会でも、単眼鏡が活躍しました。小さな作品、しかも細かく書き込まれた作品が多いので、できる限り近づいて見ても、自分の目だけだと「分かるような分からないような……」になってしまうのです。単眼鏡があれば、顔を近づけて気合を入れなくても、細かい部分がはっきり見えます。単眼鏡のおかげで、花の静物画には、たいてい虫が一緒に描かれている、ということも分かりました。花の中に隠れるようにいるものは、普通に見ていたら見落としているところでした。

一族の中には主にイタリアで活動した人物もいるのですが、やはりイタリアらしく、静物画も大きくつややかな果物が描かれていて、やはりこういう特徴が出るのだなあ、と思いました。

共作もいくつか紹介されていたのですが、フランドルの画家だけでなく、イタリアの画家とも共作をしていたとかで、作品の移動距離にもびっくりです。よく無事に現代まで残ったなあ、などと思ってしまいます。長距離の移動に耐えられるということで、銅版に描かれた作品もありました。大理石を使った作品は、だまし絵というか、さぞかし見る人は驚いただろうなあ、と思いました。

ピーテル・ブリューゲル2世については、父親の作品を模写したものが多かったからか、作品が市民向けてあまり残っていないからか、詳しい情報がありませんでした。薄利多売でやっていて苦労も多かったようで、それが報われるような情報ってないのかな、という気分になります。

こうやって、いろいろと見て「ふーん」「なるほどなるほど」とは思いましたが、ブリューゲルを扱った書籍は多いから、図録は……いいかな……ということで、そんな感じです。絵葉書も、版画から花の絵からいろいろあって、絞りきれませんでした。

――が、結局、花のブリューゲルの絵が気になったので、マグネットを買いました。あと、これです↓
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フェイラーのハンカチです。使いやすくて好きなのですよねー。デザインも合っていると思います。ショップで実物を見て、赤い縁取りのものを選びました。

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February 15, 2018

* 神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展

出かけた先でswarmというアプリからチェックインしているのですが、「Bunkamura ザ・ミュージアムでは、2015年6月以来のチェックインです」と言われてしまいました。どうもこのとき以来のようです。今回の展覧会はこちらです。あんなに展覧会チェックの対象に入れているミュージアムなのに、本当に久々に行きました。もしかしたら、ブログに書いたりチェックインしたりしていないだけかもしれませんが(でもさかのぼって見直してみると、やっぱり久しぶりのようです……)。

ともあれ、展示の内容は、神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世が、遷都して首都となったプラハで収集していたコレクションに含まれていたと思われるものや、「このような作品があったのではないか」という作品(画家が本国に戻った後に描いた作品や、Followerによる作品など)、美術品だけでなく、彼が収集したであろう鉱物や動物の標本などが展示されています。絵画には彼が収集していた動植物を描いたものがあるので、美術品というよりカタログ的な役割を担っていたであろう作品もあります。

油彩の、小さな細密画のような作品もあり、照明が明るいわけでもなく、近寄ってみるにも限度のある作品があり(若い人なら、そんなに近寄らなくても大丈夫かもしれません)、そういう作品の細かい部分を見るのに、単眼鏡が役に立ちました。細かいところが分かる、というだけでなく、大きな絵画の部分として見ていたら分からなかった箇所が、そこだけクローズアップすることで見えてくる、という感じです。

実は、聖アントニウスの誘惑を描いた場面では、普通に見ていただけでは聖アントニウスの様子がはっきり分からなかったのです。単眼鏡でそこだけクローズアップすることで、彼の姿がよく分かりました。

アルチンボルドの描いたルドルフ2世の肖像画は、同じ部屋に展示されているFollowerの作品とはレベルが違う、という感じの完成度の高さで、ルドルフ2世もこれは喜んだろうなあ、という出来栄えでした。右目と左目で、使っている(と言うのかな?)果物の種類が違うのです。

そして忘れてはならないのが、天文学に関する展示です。ティコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーだけでなく、アタナシウス・キルヒャーの書籍もありました。今は天文学と占星術は区別されていますが、この時代は明確には区別されていませんでした。そして、音声ガイドを聞いたところ、音楽も数学の一種として大学で教えられた、という話も出ていました。この時代が好きな人間にしてみたら、「おお、ちゃんとそこまで言ってくれましたか!」という嬉しい情報でした。

安田顕さんの音声ガイドは、明快で聞きやすく(軽快でもあるかも)、先ほど書いたようなトリビアもあって、とても参考になりました。「だれそれの非常に有名な作品」というのがあるわけではないので、幸か不幸かそれほど会場は混雑しておらず、じっくりと鑑賞できます。とは言え、単眼鏡も役に立ちます。

当時の最先端が詰まった展覧会でした。

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