思い出

July 19, 2015

* 思い出付きのバレッタ

先日、「昔お気に入りだったバレッタと同じようなテイストのものはないかな」と思い、あれこれ検索してみました。楽天では見つかりませんでした。

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どういうテイストかというと、こういう感じのものです。出したまましばらくほったらかしていたからホコリをかぶっていたので(汗)、洗って乾かしました。デザインは好きなのですが、今のバレッタの使い方には向いていないかな、という感じです。

最近は髪が伸びてきて、美容院に行きたいなあと思っても行けていません。そこで暑さ対策で、久しぶりに、後ろで結んだのを無理やり頭のてっぺんでバレッタでおさえて、なんちゃってアップにしています。これは金具部分がきゃしゃなので、そういう使い方は(壊れそうで)できない感じです。

実はこれ、ドイツに短期留学をしたときに、帰国間際に「記念に!」と購入したものです(私の記憶が間違っていなければ)。看板にはBijouxと書いてあって、宝石店というほど高級ではないのですが、おしゃれなアクセサリーを売っているお店でした。

確か、それまでに何度かのぞいていて、気になっていたから、最後に「ええい!」と買ったのではないか、と。当時は円高だったので学生でもホイホイと購入できたのですが、今考えると4000円くらいの感覚でとらえたほうがいい金額だったのではないかと思います。ちなみにユーロではなくドイツマルクですよ。永遠の17歳なんですけどね。

そんなわけで、「なければないでもいいや」という気分で、こういう感じのものを、気長に探していこうと思います。

uriel_archangel at 18:00 | 日々の記録 
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June 14, 2014

* 10年以上ぶりの再会

10年以上、空き箱だと思ってそのままにしていた靴の箱を、母が開けたところ……

小さい靴たち

Wow! 息子が履いていた小さい靴が、出てきました。

――母は空き箱だと思い込んでいましたが、私は靴が入っていると分かっていたので、それほどびっくりしませんでした。でも、出てきた靴の小ささにびっくりです。処分するため、既に箱はたたんでしまったのですが、靴が入っていた箱そのものも小さかったです。

12〜13僂らいの靴が、4足もありました。片方ずつなら、手のひらに乗るくらいのサイズです。1足はテープ式ですが、残り3足は普通の紐靴です。おとなしく玄関にちょこんと座って、大人(主にジジババ)に紐を結んでもらって、お出かけしていましたっけ。

小さいときは大人と身長差があって、手をつないで歩くのは大変だったので、遠出となるとジジババの車&ベビーカー(抱っこ)だったと記憶しています。

我が家ではもう誰も使えない小さい靴は、弟の家にもらわれるようです。せっかくなので、記念撮影をしておきました。

この新聞紙は、偶然近くに置いてあったものです。連日の雨でびしょびしょになってしまった息子の通学用革靴を乾かすときに、ちぎった新聞紙を詰めた革靴をのせていたものでした。今は靴のサイズが27.5僂覆里如△海凌景校罎砲1足しか置けません。

手はかかるけれど、とびきりかわいかった当時の息子を、なつかしく思い出しました。

uriel_archangel at 14:58 | 子どものこと 
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May 22, 2014

* ヨソのわんこは賢く見える(=隣の芝は青い)

以前実家で飼っていた柴犬は、どちらかというとキツネ顔で耳が大きくて、なんとなくおまぬけな顔だったと思っています。しつけがなってないと言われればそれまでですが、散歩が大好きなので人間の意向を無視して突っ走っていましたし、車の下に潜り込んで配線を噛み切ったこともありました……。

そんな状態なので、ヨソのわんこ(特に柴犬)がとっても賢く見えました。特に、年配の方と一緒に散歩している犬は、無理に引っ張ったりすることもなく、本当に飼い主さんとの散歩が楽しい! という風情で、「いいなあ」と思っていたものです。

当然ですが、年を取るにつれて落ち着いてきて、最後はヒョコヒョコと歩いて散歩するようになりましたし、車の下に潜り込んでこともなくなりました。

歳は流れ、今度はミニチュアダックスフントが実家にいます。行動を見ていると、コードを噛み切るようないたずらもせず、賢い子なのですが、何しろ声がでかいです! これまた「しつけがなっていない」と言われるとそれまでなのですが……。自己主張の強さが、数々の長所を打ち消してしまっています。(ほぼ)唯一にして最大の欠点です。

というわけで、今度もヨソのわんこを見ると「賢そうだなあ」と思ってしまいます。ちょこちょことお散歩しているダックスちゃんが、とっても可憐で愛らしく見えてしまいます。もしかしたら、家に帰ったらうちのわんこと同じように、大きな声で自己主張しているかもしれませんけれどね。

こんな状態なので、ますますヨソの柴犬が賢く見えます。キツネ顔でもタヌキ顔でも、どの子も思慮深そうです。

「今なら私、○○(以前飼っていた柴犬)を見ても『賢そう』って思えるかも」

と言ったら、実家の家族に「それはない」と否定されてしまいました(あちゃー)。

結局、隣の芝は青く見える、ということですね。

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April 28, 2014

* 数学が苦手なのは問題集が不親切だったから

――はい、言いがかりです。

息子の数学の参考書を買いました。本人は数学が得意なので、ここはそういうときの定番、赤チャートです。



昔はハードカバーだったような記憶があるのですが、今は違います。サイズももうちょっと小さかったのでは、と思います。しかも、別冊の解答・解説が充実していて、メインと同じくらいのサイズです。

夫と、「いやあ、これだけ解説が充実していれば勉強しやすかったよね〜」と話していました。何しろ私は数学が苦手で苦手で、学校の授業で併用していた問題集は解説がほとんどなくて、宿題をしようとしても「分からない、分からない、分からない、……(これが最後まで続く)……終了!」という有様でした(汗)

真面目に授業を聞いていたつもりだったのですがねえ。周囲の優秀な人など気にせず「私は数学ができません」ともっと開き直って、簡単な参考書を探して自習すればよかったのかな、とは思うのですが、学校の勉強で手いっぱいで、苦手な数学でそこまでしようという気持ちにはならず。

取りあえず夫も似たような状況だったらしいので、私たちが数学で脱落したのは「問題集のせい」ということにしました。「スタンダードとかオリジナルとかあったけど、解説がロクになくて、絶望的だったよね〜」という話で盛り上がっています。

でもまあ、息子にはそんなことは言っていられないので、夫婦で「数学Iがきちんとできないと、この後全部つまずくからね!」と念を押しました。本人は数学が好きなので、大丈夫だとは思っているのですが。こういうときに、「ちゃんと勉強しないと、お父さんとお母さんみたいに中途半端な人間になるよ!」と実例を示せるのはよいことです。

uriel_archangel at 11:16 | 日々の記録 
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August 17, 2013

* 硬貨を眺めて時間の経過を感じる

小さいとき、祖母や母がお菓子の空き缶などに貯めていた硬貨を、ときどきざっとあけて、数えるというか遊んでいたのを覚えています。何をするかというと、兄や弟と、発行年別に分類したり、金額を数えるというより枚数を数えたりしていたのではないかと思います。ここらへんは記憶があいまいです。

こういう遊びをしていると、当然ながら「これはぼくが生まれた年だ」「これは私が生まれた年だ」「これはお父さんとお母さんが結婚した年だ」という話になります。当然というかなんというか、父や母の生まれた年の硬貨というのは出てきません。分かりやすいのはギザ銭(10円玉)だったので、「これは古い」と別格扱いでした。

10円玉ほど分かりやすいものではないですが、5円玉にも、ときどき古いもの(昭和20年代?)があったように思います。書体がちょっと違うのですよね。

そうやって見ていると、当然ながら私たちが生まれた年の硬貨はぴかぴかで、ギザ銭などの古い硬貨はベテランという風情でした。こんな遊びをする余裕があるのは子供だけなので、いちいち発行年をチェックするということはしなくなって、だいぶ経ちました。

最近になって、ふと気が向いて、手元にある硬貨の発行年を眺めてみました。私が生まれた年に発行された10円玉があったのですが、非常に「ベテラン感」がありました。

クレジットカードやプリペイドカードを使う機会が増えて、私が子供の時とは硬貨の使われる頻度は違うと思います。でも、今の私は、子供だった私たちが硬貨を並べて遊んでいた当時の母より年上なので、硬貨がベテランのオーラを発していてもおかしくないのですよね。

同い年の10円玉を眺めながら、「私もこれくらい生きてきたということなのよね」としみじみ感じました、というお話です。

uriel_archangel at 15:39 | 日々の記録 
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July 23, 2013

* 長年愛用したリュックサックの旅立ち

壊れているわけではないのですが、そろそろ私の身長も追い越そうかという息子には合わないサイズになったので、これまで使ってきたリュックサックを、いくつか手放すことにしました。

学校の移動教室で使ったリュックはお下がりなので、さらにどなたかの家で使われる、ということになります。移動教室は、自分で着替えなどの荷物が入ったリュックを背負って歩く距離が非常に短いので(宿泊施設に別便で運んでもらえるので)、もう10年ものくらいなのかな? という感じですが、きれいな状態です。

その他、外出時だけでなく、遠足や移動教室でも使ったなあ、と思い出すリュックもいくつかあります。今でも、日帰りの校外学習なら十分使えるサイズです。でも、やはり身長や体格からすると、「小さいのを使っているなあ」という感じがするのですよね。

そんななか、一番「なつかしいなあ」と思い出すリュックがありました。

リュックその1

なんの変哲もないリュックです。両サイド(色の濃い部分)のファスナーで、サイズの調整ができます。

なぜこれが懐かしいかというと、幼稚園の年長組の時に、宿泊行事(お泊まり)で使ったからです。これに、着替えやら何やらが入ったのですよ! 夏の1泊だけのお泊まりでは、サイドのファスナーは開かなかったのですが、冬の2泊のお泊まりでは、日数も多いし服もかさばるので、サイドのファスナーを開いて、「めいっぱい」という感じで荷物を入れました。

今見ると小さなリュックですが、当時は、「こんな小さい子が、たくさんの荷物を背負って行くんだなあ」と思ったものです。

こうして書いているうちに、収納力があるので、通塾にも使っていたことを思い出しました。そのときも、「幼稚園のときはお泊まりに使っていたのに、今は塾に使っているんだなあ」としみじみ思ったのを思い出します。

今は、その当時よりもさらに20僂らいは大きくなっているので、この年齢になって使ったら、とても違和感のある姿になるのでは……と思います。

先ほどの写真だけでは、どんなサイズか分かりにくいので、比較対象と一緒に再度撮影してみました。――と言っても、それなりのサイズのものがバレーボールしかなかったのですが(笑)

リュックその2

ママさんバレー用なので、中学で使っていたボールの大きさです(確か)。

こうやって見ていると、思い入れはありますが、我が家では使い道がないなあ、というのが実感できます。今回旅立つリュックくんたちには、新天地での活躍を期待しています。

uriel_archangel at 15:29 | 日々の記録 | 子どものこと
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June 28, 2013

* アサリへの恨み(たぶん)

小さいとき(幼稚園児かな?)、当時住んでいた家の近くを、軽トラックにアサリを積んで売り歩いている人がいました。アサリだけではなかったのかもしれませんが、記憶にあるのはアサリです。母がアサリを買って、お味噌汁の具にしていた記憶があります。

その日も、母はアサリを買いました。砂をはかせるために、ボウルかお鍋に塩水をはって、アサリを入れていました。

私たち兄弟は、アサリの様子をのぞきこんでいたのですが……

そのなかの1つが、勢いよく水を噴きました。そういうものだというのは知っていたのですが、その水が私に命中したのです! 当然、兄弟も母も大笑いです。私は、とてもびっくりしたのを覚えています。

――このときの印象が強いからか、もともとそんなに好きではなかったアサリが、ますます好きでなくなったのを覚えています。今もアサリを見ると、「水をかけられたんだよなあ」と思い出してしまうくらいです(苦笑) 私に水をかけたアサリとは、まったく縁のないアサリだとは思うのですが。

「砂をはかせるっていっても食べればジャリジャリするし、私に水はかけるし、ほんと、アサリって嫌な奴」という気分になってしまうようです。こんな大昔のことを、いつまでもひきずっている私というのも、どうかと思いますけれど。

なんというか、小ネタ的な思い出話でした。

uriel_archangel at 22:33 | 日々の記録 
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February 14, 2013

* 「友チョコ」の話&「手作りチョコレート」の低いハードル

「友チョコ」という言葉を、この数年よく見聞きするようになりました。

でもこれって、そんなに新しいものではないと思うのです。私が高校生だったのはふた昔ほど前(ということにしておいてください)のことですが、当時から、友達同士でチョコレートの交換……まではないのですが、やりとりがありましたよ。お弁当の時間に、一緒に食べる仲の良い友達と食べたりとか。これは女子校だったからかもしれませんけれど。

あと、クラブの後輩が先輩にプレゼント、とか。今思い出しても、かわいいですよね。私は後輩が「チョコレートを渡したい!」と思わせるのに貢献していたかどうかは分かりませんが、ご相伴にはあずかりました。ラッキーです。

なんというか、誰かが「○○」という名前を付けて取り上げると、とても新しいもののように感じます。でも実際は、そういうものは以前からあって、単にそれに対する名称がなかっただけ、ということなんだなあ、と思います。

でも当時は、友チョコや女子校の後輩から先輩へのチョコでも、手作りというのはとてもハードルが高かったです。それだけ手間ひまがかけられている、ということですから。

それと比べると、今は「手作りチョコレート」のハードルは下がっていると思います。確かに手間ひまはかかりますが、道具の入手はそれほど難しくありません。

以前は、製菓材料よりも、道具の入手が大変でした。チョコレートなどの材料は、近所の大きめのスーパーに行けばなんとかなりました。でも道具は、そう簡単にそろえられません。私自身、結婚してからですが、ケーキクーラーをデパートで購入しました。

イオン(当時はジャスコでした……)でもあったように記憶しているのですが、ものがしっかりしているのはデパートのものでした。あとは合羽橋や道具屋筋などの専門店、ハンズやロフト、でしょうか。

これは大人だからえり好みしただけですが、今ならイオンに行かずとも、それなりの規模の100円ショップに行けば、小中高生がバレンタインデーにお菓子を作るのに十分な道具と材料がそろえられます。

息子経由で話を聞くと、どうも世の少年は「手作りチョコ」に幻想を抱いているようですが、あんなのは自己満足の結果にすぎません。「作りたい相手がいる」から作るのではなく、「自分が作りたい」から作るのです。手作りのハードルが低くなりすぎて、市販品だと仲間うちで後ろ指を指されてしまうのかもしれませんが。

こういう女の子の微妙なところは、自分自身そういうタイプではなかったのと自分の子供に男の子しかいないこともあって、よく分からないのですけれど。まあでも、男子は「手作りチョコ」幻想から目を覚ましたほうがいいとは思います。

uriel_archangel at 15:55 | 日々の記録 
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October 22, 2012

* ブログ以前の自分のサイトを思い出しました

本当は展覧会チェックもしたいのですが、時間が十分に取れないので(時間より精神的な余裕の問題ですね……)、こういう話を書いてみようと思い立ちました。

初めて自分の「ホームページ」を作ってから、気が付けば15年以上経過しています。うわー。当時は○歳でしたが、今では立派な……むにゃむにゃ。

趣味で作っていたのですが、当時は文字だけで表示できることに、いろいろ制限というか限界がありました。文字の色や背景の色を工夫すれば、それなりに楽しい表示ができましたが、「こういう字体で表記したい!」というのが、必ずしも実現できるとは限りませんでした。

なので、無料で素材を配布しているサイトには、大変お世話になりました。それでも物足りない時は、自分の美意識を満たすために、いい感じのフォントをせっせとインストールして、自分でタイトル画像なんかも作ったりしていたのですよね。時間に余裕があったんだわ、私……。

どういう画像にしたいかには変遷がありますが、最後には、「更新!」とか「New!」とかも自分で作るようになりました。小さい文字のフォントを探してきて、キュートに作っていましたよ(笑)

当時作ったGIFアニメで今も現役なので、これです↓

どこにいるかというと、BlogPeopleに登録しているブログが更新されたときに、これを使って更新を表しています。今は右カラムの下のほうにあります。

今は出番はないのですが、こんなのも作りました↓

素人ではありますが、コンパクトで目立つ(と思える)ものが作れたので、結構満足しています。

当時はFireworksとPaintShopProを使っていて、さーてどちらで作ったのかな、という記憶があいまいです……(汗) PaintShopProだと、AnimationShopというのを使っていたはずなのですが、アニメーションGIFはFireworksのほうが作りやすかったので、こっちかなあ、とは思っています。

――というのはともかく、最初は「読書記録のページ」「こんな料理を作ったよのページ」「ひとりごとのページ」などと作っていました。でも、「ひとりごとばっかり更新してるよ、私」などと、どのページをどの頻度で更新するか、が気になるようになりました。

そこで、「日記」のページを作って、たとえば2012年10月だったら、10月に書いたことを、ジャンル分けせずにどんどん書いていきます。11月になったら、各ジャンルのページに移動させる……というのを、手作業でやっていました。

そんなわけで、ブログのシステムを知ったときに、「なんだ、これは私が手作業でやっていたことじゃない」と思ったので、飛びついたわけです。あれっていつだったのかな? くらい昔の話です……。

でも当時は無料のブログサービスは少ないし、デザインもそんなに豊富ではなかったので、最初は自前でMovableTypeをインストールして、使っていました。最初に使っていたサーバーの会社では上手く動かなかったので、ロリポップにお引越しまでしました。

MovableTypeは動くようになりましたが、SPAMがひどくて苦労しました。

「私はSPAM管理がしたいんじゃなくて、文章が書きたいんだ!」

ということで、ここで「自分で設置したブログを作る」は放棄することにしました。そこでロリポブログにしたら、当時は使いにくいというか、読ませにくいものでした。

さらに使いやすい環境を求めて引っ越したら、Livedoor Blogになった……というわけです。使いやすいので、ここに一番長居しています。その後ロリポブログもかなり改善され、「引っ越さなくても良かったのかもね」という感じになり、せっかくなので(最近放置気味ですが)まだ動かしています。

そうやってあれこれやっていた名残で、今のこのブログも、デザインは自分なりにアレンジしています。ブログ全体のタイトル部分の画像(美瑛の風景です)は無料で使える画像を加工したものです。さらに加工したもの(木だけの小さい画像)を、タイトルの前に入れるようにしています。

タイトル部分の画像を作ってから年数が経ちました。途中で「最近はディスプレイが大きいよね」と作り直し、当時は横に長い画像を作れたと思っていました。でも、今の自分のPC画面でブラウザを最大限にすると、右端が切れるようになりました。画像をリピートさせればいいのでしょうが、まあ、そこまで気にする人も少ないだろうから、これでいいかな、と思っています。

昔話を長々と語ってしまいました……。今のブログのデザインを気に入っているので、当分このままだと思います。

uriel_archangel at 22:45 | ネットやPC関連 
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October 05, 2012

* 子供のころデパートと言えば……

当時は東武伊勢崎線沿線(の東京に近い埼玉)に住んでいたので、デパートと言えば伊勢丹松戸店でした。行きやすいというだけでなく、そもそも母も大きなサイズの服を着ているので、他のデパートだと着られる服がなかった、というのもあります。

小さい時の記憶は、「北千住まで電車で行って、乗り換えたらすぐ松戸」です。当時の北千住は今のようなマルイも何もなく、私にしてみると単なる乗換駅でした。

ともあれ、伊勢丹に行ったら(今、比較的よく行く新宿店に行っても)、クローバーサイズにまっしぐらです。ウインドーショッピングをするタイプではないので、それ以外は、せいぜいお歳暮やお中元を手配するとか、食堂かレストランで食事をする、くらいでしょうか。

今でいうデパ地下は、行ったのかな〜? と思うと、これもあまり記憶にありません(汗)

そんな頼りない脳みそではありますが、当時気になっていたものは、今になっても覚えているものです。

それは何かと言うと、フレッシュジュースのスタンドです。買ってもらった覚えがほとんどないのですが、買い物をする母を、スタンドの近くにある椅子に座って待っていたのではないか……と思っています。それで、「いいなあ」と思いつつ見ていたから、印象に残っているのではないかと。

当時の私はよっぽどスタンドが気になっていたようで、今でも、デパートのみならず駅で見かけると、「あ、フレッシュジュースのスタンドだ」と思ってしまいます。ちょっとわくわくしてしまうくらいです(笑) でもやっぱり、ジュースを買うことは、ほとんどないのですが……。

「よく見ていて、気になっていたけれど手に入れられなかった(買えなかった)」というものは、印象に残っていますね。一方で、たまに買っていたので覚えているものもあります。

それは、たい焼きです。北千住駅か、松戸駅か、だったと思うのですが、たい焼き屋さんがありました。駅のホームから見た覚えがあります。ときどき買っていました。今は体も態度も大きいですが、当時は小さかった私にとって、大きなたい焼きでした。

それにしても、最近、昔のことをあれこれと思い出すようになったなあ……と思います。

uriel_archangel at 16:23 | 日々の記録 
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