日本ドイツ学会

June 30, 2013

* シンポジウム「領土とナショナリティー」(第29回 日本ドイツ学会総会・シンポジウム)

お昼を挟んで、午後の部です。
  1. 領土と国益——ドイツ東方国境紛争から日本を展望する 佐藤成基(法政大学教授)
    第二次大戦でオーデル=ナイセ線以東の領土を失ったドイツは、戦後東方国境をめぐってポーランドとの間に紛争が発生した。しかしその紛争は、ドイツの全面的な領土の放棄という形で最終的な解決をみた。これは20世紀の国境紛争史のなかでは特異な例である。なぜそのようなことが可能だったのだろか。また、この紛争解決の経緯は、現在日本が抱える領土問題にとって何らかの指針となるのか。本報告ではこれらの問題について考えてみたい。

  2. 失われた東部領/回復された西部領――ドイツ・ポーランドの領土とオーデル・ナイセ国境 吉岡 潤(津田塾大学准教授)
    第二次世界大戦の結果、ポーランドはドイツから領土を獲得する。戦後政権は新たにポーランドの領土となる地を非ドイツ化し、「ポーランド人の」領土にしようとした。領土・民族問題の20世紀的解決なるものが想定できるとすれば、これはその極端な型の一つだったと言えはしまいか。本報告では、ポーランドで「回復領」と呼ばれた旧ドイツ東部領のポーランド化の諸相を検討し、同地がドイツ・ポーランドの現代史において担った意味について考察する。

  3. 多民族国家の解体と「ドイツ人」意識の変容 ―両次大戦間期ルーマニアにおけるユダヤ系およびドイツ系ドイツ語話者を事例に― 藤田 恭子 (東北大学教授)
    第一次世界大戦後にハプスブルク領からルーマニア領となった地域には、数多くのユダヤ系およびドイツ系ドイツ語話者が居住していた。「帝国民」であると同時にドイツ語を母語とする「ドイツ人」でもあるといった多民族国家時代の多重的自己意識は、国民国家内のマイノリティとなった後、共有不能となる。ドイツ政府による「在外ドイツ人」政策にも触れつつ、ドイツの外周地域の視点から、「ナショナル・アイデンティティ」をめぐる問題の一端を照射する。

  4. 領土と国籍・市民権−「ナショナルなもの」を考える 広渡 清吾(専修大学教授)
    近代国家は、「主権」を絶対的要素とし、主権の対象として、「領土と国民」を実在的与件とする。土地に対する支配は、通常その土地に住む人々に対する支配を含むが、近代において国家と国民の関係は、土地に対する支配とは独立に、観念的、抽象的な「保護と忠誠の関係」として次第に確立する。この関係を表現する制度が、国籍である。また、歴史をみると、戦争等に起因する領土の変更が、そこに住む人々の国籍の変更を産み出すことがある。他方で、国籍者は、その国のなかで完全な市民権を有するが、歴史的にも、概念的にも国籍と市民権は異なった機能を担う。これらの問題をドイツと日本に例をとりながら分析し、現代において「ナショナルなもの」を再検討する手掛かりをえたい。

  5. ヘルゴラント島と竹島/独島 ⎯ 日独比較の観点から ラインハルト・ツェルナー(ボン大学教授)
    Ausgehend von einem Vergleich der Ereignisse um die Rückgabe der Insel Helgoland und die Forderung nach Rückgabe der Inselfelsen Takeshima / Dokdo analysiert der Vortrag die historischen Positionen und Argumentationen der japanischen und koreanischen Seite. Er stellt die Frage, warum die interkulturelle Kommunikation in diesem Fall bislang gescheitert ist. Er setzt sich für eine Lösung ein, die der symbolischen und politischen Bedeutung dieser Inseln für die japanisch-koreanischen Beziehungen entspricht.(報告は日本語でおこなわれます。)
最初の2つは、第二次世界大戦後のドイツ・ポーランド国境が確定するまでの流れや、オーデル・ナイセ線以東で起きていたことを、それぞれドイツ側・ポーランド側から見ています。実は、そもそも(西)ドイツ側の主張も詳しく知らなかったのですが、ポーランドを専門とする方のお話がうかがえたのは、とても貴重な機会でした。今の日本の状況を見ていると、「そういう選択肢って、可能なのかな?」と思うような、オーデル・ナイセ以東の領土の放棄がなぜ行えたのかというのは、とても興味深い話でした。

そして、新たにポーランド領となった地域がどのようにポーランド化(並びに非ドイツ化)されたかという話は、やはり興味深いものでした。現代の日本では想像しにくいですが、ドイツ系だからと言って「自分はドイツ人だ」と主張する人たちばかりではなく、一方でその地にずっと住んでいたポーランド系の人々は「この地がポーランド領となったことは喜ばしい」と感じていた人ばかりでもないのです。帰属意識というのは、時代だけでなく、個人個人でも異なるものなのだと感じます。

さらに不勉強だったのですが、ドイツに追放された人々は、暴力的に住む場所を追われた人たちばかりではなく、終戦前に自発的にドイツ本国に戻った人々や、ポツダム協定に基づいて移住した人々もいたそうです。とは言え、第二次世界大戦で領土を広げた場所に移った人々が戻ってきた、というものではなく、先祖代々暮らしてきた土地を離れなければならなかった、というのは変わりませんが。

そして、このようなドイツ本国を離れた場所に住むドイツ系住民(ドイツ語話者)の状況を調べたのが、3番目の内容です。ハプスブルク領からルーマニア領となった地域の人々は、ドイツ人としての意識を持ち、連帯を意識していました。それと同時に、ジーベンビュルゲン(トランシルヴァニア)などの故郷への帰属意識もありました。

ですが、このような連帯も、ナチ党が権力を掌握するにつれ、ドイツ語話者でもユダヤ系の人々が排除されていきます。今もこのような地域にはごく少数のドイツ系住民(Siebenbürger Sachsenなど)が住んでいるようですが、今回のテーマではカバーしていないので、ドイツ国外に暮らすドイツ系住民の現状は分かりません。

ユダヤ人であっても自分はドイツ人だ、という意識はもちろんあったわけで、ドイツ人として第一次世界大戦に従軍した人もいました。アンネ・フランクの父オットー・フランクも、その1人でした。こういう帰属意識というのは、本人の意思に関係なく、時の権力者によって恣意的に解釈され、利用されてしまうものなのだなあと思います。

4番目の内容では、単純に「ドイツ民族=ドイツ国家の構成員」とはならなくなった、ということが分かりました。「ドイツ民族の国家」ではなく、「多様な民族からなる国家」へと転換しようとしているようです。ドイツに限らず、近代の「国民国家(Nation-state)」という概念は古いものとなり、新たな国家の形が模索されているのでしょう。日本はまだまだ、こういう段階には至らないなあと思います。

最後は、ドイツがどのようにしてヘルゴラント島をイギリスから復帰させたかを、日本と韓国の問題と比較していました。でもまあ、いろいろと条件が違うので、「こうすれば解決!」というものはないようです。

何人かの方が共通して言っていたのは、「国益とは何か。領土を守ることだけか。近隣諸国に自分たちが脅威だと思わせないことも国益となるのではないか」ということでした。これは実際、ドイツが行ってきたことですが……。この方法が日本と周辺国の間で通用するとは思えないのは、マスコミや周囲の意見に悪い影響を受けているからなのでしょうか。

このシンポジウムで登壇者が本当に伝えたいことから目をそらしている感じがするのは否定できませんが、学ぶことや考えるところの多い内容でした。

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June 29, 2013

* フォーラム・台所は誰のものか?−−『ナチスのキッチン』が切り拓く地平(第29回 日本ドイツ学会総会・シンポジウム)

――1週間前の話なのですが、ようやくまとめて書いています。とは言っても、内容が盛りだくさんなので、2度に分けて書こうかと。前回も書きましたが、日本ドイツ学会のホームページはこちらです。

午前のフォーラムは、タイトルのものを選びました。午後のシンポジウムに比べれば、開催時間は2時間と短いものでしたが、凝縮した内容のものでした。
  1. 『ナチスのキッチン』前後 藤原辰史 (京都大学准教授)
    『ナチスのキッチン』は、近代ドイツの台所の合理化過程を、建築、台所道具、家政学、レシピなど、さまざまな観点から論じたものである。この概略を説明したあと、今後の課題と展望について、これまでの書評を参考にしながら考えたい。
  2. 日本女性史におけるドイツのキュッヘ 北川圭子(北海道工業大学客員教授)
    戦後,建築家たちは挙って民主的住宅を模索し、台所空間の改革を提案した。その先鋒が浜口ミホである。ミホは、その範をドイツのWohn Kucheに求めた。DKと命名されたこの空間は、若い世代の人気の的となり、わが国の住生活を一変させ,延いては女性の地位向上の象徴となった。また、住空間に生活最小限住宅追究という科学的視点も 導入させた。しかし,DK のルーツがWohn Kucheであることは歴史の闇に埋もれた。
  3. 戦時下日本とドイツの花嫁学校研究 - 日本の新聞・雑誌の記事を中心として 伊藤 めぐみ(早稲田大学 東洋英和女学院大学非常勤講師)
    ‘本において、1930年代に入り設立されていく花嫁学校の展開過程と特質を三期に分けて報告する。▲疋ぅ弔硫峅燃惺擦よび母親学校の概要を当時日本で出された新聞・雑誌の記事を中心に報告するとともにそれらの記事から、上記の機関が当時どのような関心を持たれ、受け止められていたのかを考察したい。
実はこの『ナチスのキッチン』そのものについては未読の状態で行ったのですが、それでも非常に興味深い内容でした。「『ナチスのキッチン』前後」では、このフォーラムの導入という感じで、出版後の反響やそこから見えてきた課題について、説明していました。これだけ話題になるということは、それだけ切り口が斬新だったのだろうなあ、と思います(未読なものでこの程度の感想ですみません)。書籍が購入できるコーナーもあってので、もしかしたら「著者のサイン入り」にできたのかもしれませんが、財政能力が欠けているため断念しました。がくり。

以降は、ドイツ以外の専門分野の研究者が、『ナチスのキッチン』と関連する内容の発表をします。

次は、「日本女性史におけるドイツのキュッヘ」です。戦後の公団住宅におけるDK(ダイニングキッチン)の誕生に、日本の女性建築家第一号の浜口ミホが大きくかかわっており、彼女の発想のルーツはドイツのWohnkücheにあったということでした。戦前の建築家の視線は上流社会に向かっていました。庶民の住宅への関心は低かったため、「生活最小限住宅」という発想が顧みられることはなかったようです。戦後に建築や女性を取り巻く状況が変化し、庶民の住宅に変化がもたらされたそうです。

ダイニング・キッチンはこうして誕生した―女性建築家第一号浜口ミホが目指したもの (はなしシリーズ)ダイニング・キッチンはこうして誕生した―女性建築家第一号浜口ミホが目指したもの (はなしシリーズ) [単行本]
著者:北川 圭子
出版:技報堂出版
(2002-01)

スピーカーの著書なのですが、お話をうかがった後だと、とても気になります。

その次が、「戦時下日本とドイツの花嫁学校研究 - 日本の新聞・雑誌の記事を中心として」です。高等女学校を初めとする女子教育機関が、良妻賢母教育に十分な効果をあげていないということで、「花嫁養成を直接目的とする」1932年に設立された「御茶の水女子家庭寮」が、いわゆる「花嫁学校」の嚆矢だそうです。そして、日本の花嫁学校を参考に、当時のドイツでも花嫁学校や母親学校というような組織が作られたらしい、ということでした。本当に影響を受けていたのかは分からないのですが、同じ時期に同じような目的で、教育機関が作られています。

でも、日本とドイツで、別々の形で展開していくところがとても興味深く感じられました。ドイツでは労働者の多い地区に最初に作られ、親衛隊員と結婚するには党の花嫁学校を卒業しなければならないくらいだったそうです。一方で、勤労動員が必要になった日本では、都市部の花嫁学校は不要不急のものとしてとらえられるようになり、閉鎖された学校もあったようです。この種の学校は、ドイツでは社会福祉の面が強く、日本では「余裕のある家庭の娘の習い事」という感じになったように思います。

日本とドイツの比較というより、「今も昔も、どうして日本だと目標から離れたところに着地するのだろう」というのが、とても印象的な内容でした。そして、女性手帳を花嫁学校と同じと批判する人たちがそう感じる理由が、はっきりと、とは言えませんが、根っこにあるものが同じなのだろうなあ、というのはぼんやりと感じられました。

ほどよく記憶が薄れているので詳しくは書けませんでしたが(そもそも有料で参加するものなので、ここにあれこれ書くわけにもいきません)、非常に興味深いものでした。

uriel_archangel at 23:20 | 講演会・展覧会 | 学び
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June 20, 2013

* 日本ドイツ学会総会・シンポジウムのテーマが気になります

偶然見かけたポスターに気になるテーマが書かれていたので、帰宅後に検索して見つけました。昔だったら、ポスターの内容をメモして……となったのでしょうね。便利な世の中になりました。
第29回 日本ドイツ学会総会・シンポジウム「領土とナショナリティー 」(日本ドイツ学会のサイトはこちら
開催日:
2013年6月22日(土)
会場:
お茶の水女子大学 共通講義棟2号館
参加費:
一般 1000円 学生 500円、 日本ドイツ学会会員 無料
当日受付可。 どなたでもご参加いただけます。
このタイトルだけでも気になって検索してみたのですが、それ以外も魅力的な内容でした。午前はフォーラム、午後はシンポジウムという構成です。
フォーラム
  1. 台所は誰のものか?−−『ナチスのキッチン』が切り拓く地平
  2. ポスト脱原発を展望する――原子力施設拒絶地域/立地地域の「その後」から
午前のフォーラムは、1のほうが気になります。『ナチスのキッチン』の内容にとどまらず、当時のドイツや日本の女性が置かれた立場を考えるものになっています。そして午後のシンポジウムは、このような内容です。正しい書き方かは分かりませんが、午前のフォーラムも、発表者は省略しました。
シンポジウム 「領土とナショナリティー」
  1. 領土と国益——ドイツ東方国境紛争から日本を展望する
  2. 失われた東部領/回復された西部領――ドイツ・ポーランドの領土とオーデル・ナイセ国境
  3. 多民族国家の解体と「ドイツ人」意識の変容 ―両次大戦間期ルーマニアにおけるユダヤ系およびドイツ系ドイツ語話者を事例に―
  4. 領土と国籍・市民権−「ナショナルなもの」を考える
  5. ヘルゴラント島と竹島/独島 ⎯ 日独比較の観点から
実は中世好きな私は、学生時代に近現代のドイツには積極的には触れてきませんでした。でも仕事で第二次世界大戦がらみのものは避けられず、こういう分野にも関心を持つようになりました。

そんなわけで、会場に出没しているかもしれません。

uriel_archangel at 23:21 | 講演会・展覧会 
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