絵本
August 05, 2013
絵本の豊かな世界を楽しめなかった私
先日、レオ・レオニ展に行ってから、「ああそうか」と思いついたことです。
私は本(字)を読むのが好きで、小学校に入る前から、絵本よりも字の多い本を読むのが好きでした。「あんな、絵ばっかりの本なんて、子供っぽい」と思っていたのです。子供がこういうふうに考えるというのは、なんだか矛盾していますが、思い出すとそういう感覚でした。
そんなわけで、絵本を楽しむということがほとんどないままでした。今思うと、もったいないなあ、という感じがします。
自分をフォローしておくと、自発的にそういう本を読んだのであって、親がさっさと(無理やり)卒業させたわけではありません。で、絵本を十分楽しまずに本の世界に入ったからと言って、国語力に問題があるかというとそういうことはないので、読書に関しては早熟だったのだろう、と思います。
では、自分の子供に対してはどうかというと、これがまた、国語に関しては異次元で、やはり絵本を楽しむという感じではありませんでした。基本的に「食わず嫌い」なので、気に入った本しか読みません。というか、読ませてくれませんでした。幼稚園に入る前に、読んだら聞いてくれたのは、5冊(というか5つのお話)くらいかな〜。
絵本の読み聞かせについては、幼稚園の先生方に、とってもお世話になったと思います。要は幼稚園任せでした。はい。無理やりにでも読ませれば違ったのかもしれませんが、自分からは読まないです。それでも、幼稚園で気に入った本やNHKの子供向け番組で気になった本は、読んだら聞いてくれたので、まあ進歩は感じられます。
今も、学校で指定された本以外で読みたがるのは、小説ではありません。男の子はそんなものかもしれませんが、本の虫だった私からすると、「うーん……」という状況です。
そんなわけで、結局、育児で絵本を楽しんだという感じでもなかったなあ、と思ってしまいます。私と同じ読書好きの女の子の相手もしたかった……という感じです。この実現は、まったく望みがないわけではないですが、ハードルがいろいろ高いのですよね。
私は本(字)を読むのが好きで、小学校に入る前から、絵本よりも字の多い本を読むのが好きでした。「あんな、絵ばっかりの本なんて、子供っぽい」と思っていたのです。子供がこういうふうに考えるというのは、なんだか矛盾していますが、思い出すとそういう感覚でした。
そんなわけで、絵本を楽しむということがほとんどないままでした。今思うと、もったいないなあ、という感じがします。
自分をフォローしておくと、自発的にそういう本を読んだのであって、親がさっさと(無理やり)卒業させたわけではありません。で、絵本を十分楽しまずに本の世界に入ったからと言って、国語力に問題があるかというとそういうことはないので、読書に関しては早熟だったのだろう、と思います。
では、自分の子供に対してはどうかというと、これがまた、国語に関しては異次元で、やはり絵本を楽しむという感じではありませんでした。基本的に「食わず嫌い」なので、気に入った本しか読みません。というか、読ませてくれませんでした。幼稚園に入る前に、読んだら聞いてくれたのは、5冊(というか5つのお話)くらいかな〜。
絵本の読み聞かせについては、幼稚園の先生方に、とってもお世話になったと思います。要は幼稚園任せでした。はい。無理やりにでも読ませれば違ったのかもしれませんが、自分からは読まないです。それでも、幼稚園で気に入った本やNHKの子供向け番組で気になった本は、読んだら聞いてくれたので、まあ進歩は感じられます。
今も、学校で指定された本以外で読みたがるのは、小説ではありません。男の子はそんなものかもしれませんが、本の虫だった私からすると、「うーん……」という状況です。
そんなわけで、結局、育児で絵本を楽しんだという感じでもなかったなあ、と思ってしまいます。私と同じ読書好きの女の子の相手もしたかった……という感じです。この実現は、まったく望みがないわけではないですが、ハードルがいろいろ高いのですよね。
May 12, 2012
絵本の挿絵の思い出
大型連休中に行った丸善 丸の内本店で、藤城清治版画展が開催されていました。せっかくなので見に行きました。
小さいときに、祖母が暮らしの手帖社の絵本を持っていて、読み聞かせをしてくれました。あの本はどこに行ったのかなあ、と思うのですが、もう処分してしまったのかもしれません。
今も同じような絵本(物語集)が売られているのですが、読んだ覚えがあるようなタイトルもあれば、記憶にないタイトルもあって、当時とまったく同じ内容なのかは分かりません。
ともあれ、その絵本の挿絵が藤城清治さんだったので、とてもなじみがあります。ただ、なじみがあると言っても、小さい時の私には、幻想的というか、ちょっと怖い感じのする絵でしたが……。目が苦手でした。
今も精力的に活動を続けていて、新作も発表されていました。被災地を描いた作品は、希望を感じさせるものでした。
――そんな中に、この絵がありました。(こちらのサイトからお借りしました)
これはまさに、私が子供のときに読んでもらっていた絵本にあった挿絵です! やっぱり詳しいストーリーは忘れているのですが、この後、玉ねぎで目が痛いとか、大騒ぎになったような覚えがあります。
「うわあ、懐かしい」と思いながら見ていました。
「三つ子の魂百まで」でしょうか、小さいときによく見ていたものは、ブランクがあっても、目にした途端に思い出せるものなのだなあ、と思いました。
小さいときに、祖母が暮らしの手帖社の絵本を持っていて、読み聞かせをしてくれました。あの本はどこに行ったのかなあ、と思うのですが、もう処分してしまったのかもしれません。
今も同じような絵本(物語集)が売られているのですが、読んだ覚えがあるようなタイトルもあれば、記憶にないタイトルもあって、当時とまったく同じ内容なのかは分かりません。
ともあれ、その絵本の挿絵が藤城清治さんだったので、とてもなじみがあります。ただ、なじみがあると言っても、小さい時の私には、幻想的というか、ちょっと怖い感じのする絵でしたが……。目が苦手でした。
今も精力的に活動を続けていて、新作も発表されていました。被災地を描いた作品は、希望を感じさせるものでした。
――そんな中に、この絵がありました。(こちらのサイトからお借りしました)
これはまさに、私が子供のときに読んでもらっていた絵本にあった挿絵です! やっぱり詳しいストーリーは忘れているのですが、この後、玉ねぎで目が痛いとか、大騒ぎになったような覚えがあります。
「うわあ、懐かしい」と思いながら見ていました。
「三つ子の魂百まで」でしょうか、小さいときによく見ていたものは、ブランクがあっても、目にした途端に思い出せるものなのだなあ、と思いました。